HOWANIMALMOVE

2016.11.9 OTOTOY掲載記事

ラップをフィーチャーするなど急激な変化を経た、馬喰町バンドの驚きの新作、その進化に迫る

わらべうたや民謡、その要素を現代のポップ・ミュージックに溶解させオリジナリティ溢れるサウンドを生み出し続けているトリオ、馬喰町バンド。前作『遊びましょう』から約1年ほどで、新たに新作『あみこねあほい』をリリースした。なんとラップを取り入れるなど、サウンドをガラッと変えながらも、彼らしか作り出せない刺激的なアンサンブルをここでも導き出した。OTOTOYでは本作をハイレゾ配信するとともに、気鋭の音楽ライター、大石始によるインタヴューを敢行した。

baku1.jpg

"ゼロから始める民俗音楽"をコンセプトとし、わらべうたや民謡のフィーリングを採り入れた独自のアコースティック・アンサンブルを聴かせてきた3人組、馬喰町バンド。約1年ぶりの新作『あみこねあほい』は、ラップや新たなる自作楽器を大幅に導入した意欲作。ある意味では孤高の存在として独自の道を突き進んできた彼らが現代のシーンと思いもよらぬ形でリンクしたアルバムとも言えるだろう。急激な進化を遂げた新作の内容について、フレットレスの自作弦楽器である六線を操る武徹太郎、ベースの織田洋介、オリジナル打楽器である遊鼓(ゆうこ)担当のハブヒロシに話を聞いた。


『遊びましょう』のツアーで遊んだ結果、こうなった


──前作『遊びましょう』がリリースされたのが2015年9月で、それから約1年での新作リリースというのは結構ペースが早いですよね。

武徹太郎(六線/以下、武):僕らとしても早いと思うんですよ。でも、「出してくれ」というリクエストがあって(笑)。

──誰から?

武 : レーベルから(笑)。自分らとしても無茶だと思うところもあるんですけど、僕自身はつねになにかを作り続けていたいほうだし、出し尽くして死にたいと思ってるぐらいなんで、このペースで作れるのは本望ですね。

──でも、たった1年しか経ってないのに、前作『遊びましょう』と今回の『あみこねあほい』はだいぶサウンドが違う感じがするんですよ。特に大きいのが、大幅にラップが導入されてることで。

武 : 『遊びましょう』のツアーでだいぶ変わったんですよ。毎晩の打ち上げで皿を叩きながら即興で歌っていたら、いつのまにかこうなってました(笑)。


ハブヒロシ(遊鼓/以下、ハブ) : 『遊びましょう』のツアーで遊んだ結果、こうなったという(笑)。

武 : あと、その期間中にいろんな国に行く機会があって、数カ国の人たちが入り混じるような打ち上げも多かったんですね。韓国での打ち上げでは最初、民謡の歌い合いをやってたんですよ。向こうの民謡の節に合わせて日本語で歌ったりしてて。

ハブ : 韓国勢ってすごいんですよ。歌もうまいし、みんないろんな芸能のヴァリエーションを持ってる。

武 : 最初はわらべうたも歌ってみたんですよ。あとはデタラメのパンソリとか。韓国では毎晩そういう打ち上げがあって、そのたびに韓国の友人たちと歌で戦わなきゃいけないわけですよ(笑)。

ハブ ; 日本の芸能者としてなにかできないかと考えるようになったというか。

──そこで浮かび上がってきたのがラップだったわけですか。

武 : そうそう。お前らにはできないラップで勝負してやる! っていう(笑)。


ラップは遊びながら新しいものを作っていける


──そこで日本の伝統芸能を極めていくっていう道もあったわけじゃないですか。日本の語りもので勝負してやる! とはいかなかった。

武 : もちろん日本の伝統芸能には敬意を持ってるし、学んでいきたいとも思ってるけど、習得するのに時間がかかりますからね。打ち上げの場ではまず即興的に勝負しなきゃいけないので。

ハブ : 試しにあっちの伝統のリズムでラップをしたら、みんなすごく驚いたんですよ。そんなのできない!って。ラップはそうやってどんなリズムにも乗せて遊ぶことができるけど、日本の語り芸だとそういうことが僕らには即興的にできなかった。

武 : 遊びながら新しいものを作っていけるんですよね、ラップは。インドネシアに行ってもそのことは実感しましたね。

──韓国なりインドネシアなり、他の民族の人たちと音で「遊ぶ」ときにラップという方法論が適していた、と。

武 : うん、そういうところはありますね。

──そもそもラップはもともと好きだったんですか?

武 : 好きでしたよ。ケンドリック・ラマーとか今のヒップホップも大好きだし。最近はSIMI LABとか日本のヒップホップも聴くようになって。韓国やアフリカの民族音楽に見られるリズムのヨレだとかモタリをポップ・ミュージックに感じることってあんまりないんですけど、ヒップホップを聴いていると、十代のビートメイカーがそういうものをフツーに作っていたりするんですよね。

──無意識のうちに。

武 : そうそう。あと、フリースタイルのMCってそもそも即興じゃないですか。民謡ももともとは即興の音楽で、そのとき思っていることを伝え合う文化だったわけですけど、現代では決まった節を競い合う名人芸の世界になってしまった。だから、ヒップホップと民謡って出てくる音は違うけど、本質的な構造は一緒だと思うんですよ。僕は民謡が本来持っていた即興性の部分が一番好きなんですけど、今それを残している音楽がヒップホップなんだと思う。

──現在活動してるラッパーで自分と近いと思う人っています? ......まさかこんな質問を武くんにすることになるとは思わなかったけど(笑)。

武 : いやー、横からグイッと入ってきた新参者の私が、それ一筋でやってきたラッパーの方々になにか言うというのはあまりにおこがましいですよ(笑)。ただ、SIMI LABと鎮座ドープネス、stillichimiyaは好きですね。KOHHも格好いいと思う。今のヒップホップってこんなことになってるんだ! と思ったのは、チーフ・キーフの"I Don't Like"。すべてのヴァースのキメでひたすら「Don't Like」と繰り返されていて、(岐阜県岐阜県郡上市白鳥町の盆踊りである)白鳥おどりの"シッチョイ"と同じだと思いました。

ハブ : ちょっと呪術みたいな感じだよね。ヴードゥー教みたい。

武 : そうそう、これってラップなの?っていう。

ハブ : 「いつ死ぬかわ~からない」とかね(Dutch MontanaとSALUをフィーチャーしたKOHHの"If I Die Tonight")。

武 : フリースタイル・ダンジョンも大好きなんですよ(笑)。あと、高校生RAP選手権!


宴会を繰り返した結果、ラップという手法がすごくフィットした


──ただ、馬喰町バンドの場合は丸腰の状態でラップをやり始めたわけじゃなくて、わらべうたなどの遊び歌を経由したうえでラップに到達してますよね。そこがものすごく特殊だと思う。

織田洋介(ベース/以下、織田) : 確かに言葉遊びの経験は大きいですね。

武 : (岐阜県郡上市八幡町の盆踊り)郡上おどりの"げんげんばらばら"なんてものすごくラップ的だと思うし、フックで歌がくるヒップホップのトラックって構造的には浪曲にも近いですよね。そういうものを通過したうえでのヒップホップという感覚はありますね、確かに。だからこそ宴会を繰り返した結果、自分たちのなかでラップという手法がすごくフィットするようになっていったんだろうし、気付いたらふだん聴く音楽もヒップホップばっかりになってたんですよ。

──そういう変化を経て、新作『あみこねあほい』でもラップを採り入れようということになったわけですけど、変化という意味では、楽器もだいぶ変わりましたよね。自作楽器である六線は以前からも使用してましたけど、今回はさらにそれを電化したエレキ六線も導入されていて。

武 : 今回は1曲もギターを使ってなくて、全部自作の楽器だけです。『遊びましょう』はあくまでもハーモニーとコードで作られた和声的な音楽だったんですけど、リズム的な平均律からはそれ以前から脱却していたし、旋律の面でも次の段階に行きたいと思っていて。六線はギターのようにフレットがないぶん、めちゃくちゃ演奏が難しいんです。コードなんて絶対弾けない。だから、コーダル(和声的)に展開する曲ができなくなってきたということはありますね。


織田 : 六線はギターみたいに1本だけで完結するような楽器じゃないんで、ベースや太鼓があってはじめて曲が成立するような感じになってきたんですね。ベース自体のやることが変わったわけじゃないけど、アンサンブルのなかでのベースの位置が変わってきたというか。

──自作の六線をエレキ化した理由はなんだったんですか。

武 : あるときに突然「アコースティック、違うな」と思ったんですよ。やっぱり大きかったのが韓国で伝統芸能の演奏家と出会ったことで、そこに自分の生きる道はないと思うようになっちゃって。

──伝統芸能の演奏家と出会うことで、逆に自分がやるべきことが見えてきた?

武 : そうですね。六線も最初アコースティックで作ったんですけど、もっとエグイ音を鳴らしたくなったというか。

織田 : 武さんはもともとベーシストでもあって、アンプで特徴的な音造りをしてたんですね。だから、僕からすると、エレキに戻ってきてるという感覚はありますね。


和声的なフォームだとアップデートし続けられないんじゃないかと


──そういえば、ハブくんのオリジナル打楽器である遊鼓も改良してるんですよね。

ハブ : 遊鼓は自分が歩きながら叩けるように改良してきたんですけど、あまりに大きすぎて、今年の3月にインドに行ったときに持っていけなかったんですよ。インドにはアウトカーストの人たちが叩くパライっていう太鼓があるんですけど、それがまた(朝鮮半島の代表的な打楽器である)チャングのルーツとなるような薄い太鼓で、それを叩きながらジャンプしたり回る芸能もあるんですね。そのパライを参考にして、遊鼓ももっと薄くしたんです。

──前の遊鼓は両面太鼓でしたけど、今のものは片面太鼓ですよね。パライも片面なんですか?

ハブ : そう、パライも片面ですね。最初は両面で叩いてたんですけど、途中から片面にしました。叩き方そのものが違うからすごく大変なんですよ。最近はさらに叩き方もマイナーチェンジしたんで、今日のライヴもヒヤヒヤで(笑)。

──音自体もだいぶ違いますよね。

ハブ : 前の遊鼓の音は気に入っていたんで、そこは悩んだんですよ。まるでダンボールを叩いてるような抜けない音で。いまの遊鼓って抜けが良すぎるので、そこはちょっと改良していかなきゃと思ってます。


──その結果、全体的な音像として混沌としていて、「優しくてオーガニックなアコースティック・アンサンブル」という今までの馬喰町バンドのイメージとはだいぶ変わってきましたよね。もっとドロッとしていて混沌としているというか。

武 : 『遊びましょう』の路線を洗練させていくという方向性もあったと思うんですよ。でも、その路線だと今後アルバムを作り続けていけない気がしたんですね。和声的なフォームだとアップデートし続けられないんじゃないかと思って。


僕はわらべうたのようなラップをやりたいんですよ


──今回の8曲はすべて『遊びましょう』以降に作った曲なんですか。

武 : そうですね。ただ、歌詞はギリギリまで悩みましたね。もともと歌詞に手こずるほうだけど、ラップって普通の歌の5倍ぐらい歌詞を書かないと成立しないんですよ。だから、本当に書いても書いても終わらなくて(笑)。1MCでアルバム一枚を作るラッパーって凄いと思いますよ。

──フリースタイルでラップするのと、ひとつの楽曲としてリリックを書くというのは、同じラップでも全然違いますよね。

武 : 全然違いました。フリースタイルはそのときのテンションで盛り上げられるけど、それをそのまま曲にしても面白いとは限らない。あと、ラッパーって自分のなかに言いたいことがあってラップという手法を選んでる人が多いと思うんですけど、俺はどちらかというと対局というか。

──メッセージありき、ではない?

武 : わらべうたみたいな言葉遊びや語感の部分が好きなんですよね、僕は。もちろん、メッセージと共存させることができれば一番ですけど、僕はわらべうたのようなラップをやりたいんですよ。

──いまの馬喰町バンドの方向性だと、音で一緒に遊ぶ相手も無限ですよね。それこそ韓国や日本の伝統芸能の人ともできるし、ラッパーともできる。それこそ武くんも好きだという鎮座ドープネスあたりだったらすぐにセッションが成立しそう(笑)。

武 : やれたらいいですね。stillichimiyaもちょっとわらべうたっぽい曲があるし、すごくおもしろいですよね。

──だからこそ、今後の馬喰町バンドはどこに向かっていくかわからない感じがあるし、『あみこねあほい』を聴いているとワクワクしてくるんですよ。今後の馬喰町バンドはどこに向かっていくんでしょう?

武 : もしかしたら少しドロッとしていくかもしれないですね。あと、もっと民族楽器を取り入れたいとも思っていて。最近のライヴでは尺八も入れているんですけど、僕らがこういうワンループの演奏になっていくと、その上に尺八が入るだけでちょっとジュラシック5みたいな感じが出てくる(笑)。銅鑼を使ってもいいかなというのもあるし、やりたいことは色々ありますね。

April 5, 2017 - interview by 大石始 

2016.11.9 CINRA掲載記事

「ヒップホップと日本民謡は近しい文化」馬喰町バンド×稲葉まり

「ゼロから始める民俗音楽」をコンセプトに、オリジナルの楽器を作り、今を生きる日本人としての民俗音楽を奏でる3人組・馬喰町バンド。新作『あみこねあほい』では全面的にラップが取り入れられていて、「なぜ馬喰町バンドが黒人音楽であるヒップホップを?」と不思議に思う人もいるはず。
しかし、以下のインタビューを読んでもらえればわかる通り、これは彼らなりの研究成果で、あくまで日本の民俗音楽と地続きの発想であり、生活の中から自然と生まれたスタイルなのである。
『あみねこあほい』の1曲目を飾る"ホメオパシー"のミュージックビデオを手掛けたのは、馬喰町バンドの武徹太郎とは多摩美術大学の同窓生であるアニメーション作家の稲葉まり。
緻密な切り絵のコマ撮りを用い、メンバー三人を異世界へと誘っている。
そんなビデオ制作の裏話から、「手を動かすことの意味」というもの作りの根幹にまで迫った二人の対談は、武のイラストが並べられ、さながらギャラリーのような雰囲気の中で行われた。

201611-bakurochoband_l.jpg

民謡を調べていくとどんどんヒップホップに近づいていった(武)

―まずは稲葉さんから見た馬喰町バンドの魅力を話していただけますか?

稲葉:私は小さい頃から欧米のカルチャーの影響を受けて生きていたんですね
ただ、大学4年生のときに「生意気」というクリエイティブユニットでアシスタントとして働き始めて、メンバーであるニュージーランド人のデイヴィッド(・デュバル=スミス)さん、イギリス人のマイケル(・フランク)さんと触れ合う中で、「あれ? 私はなにを目指していたのだろう?」と思ったんです。自分がずっと住んでいるこの国のことを掴みきれていない気がして
彼らは海外の視点で、これまで私が気に留めたこともないような日本の風景や日常から面白いと思うものを見つけて、ユーモア溢れるもの作りをしていたんです

―欧米の方と接することで、逆に自分の国に興味が湧いたと

稲葉:そこから日本独自の面白い文化に興味を持ち始めて、「もっといろんなことが知りたい」と思っていたときに、馬喰町バンドの楽曲と出会ったんです
初めて聴いたときから、「すごい!」と思って
特に、前作の『遊びましょう』に入っていた"源助さん"は衝撃でした


―馬喰町バンドには「ゼロから始める民俗音楽」というコンセプトがありますが、まさに稲葉さんがゼロから日本を見つめ直したタイミングに、ドンピシャだったわけですね

稲葉:そうなんです
世の中に「~っぽい」というものが溢れている中で、伝統文化には何世代も層になって積み上げられてきたからこそ生まれたものの力強さがあると思うんですよね
しかも馬喰町バンドは、それをただなぞるだけではなくて、ちゃんと掘り起こして作っている
武さんは学生の頃からエネルギッシュな存在で、当時からタダものではない雰囲気があったんですけど(笑)、その人が層になってるものとコンタクトしたときに生まれたものがこれなんだと思うと、すごく面白いですよね


武:まりちゃんは大学卒業後、すぐにクリエイティブの第一線で活躍していたけど、一時期ものすごく西洋美術一辺倒のものさしに違和感を感じていたときがあったよね?(笑)

稲葉:よく覚えてるね(笑)
イタリア旅行に行って、美大受験のためにデッサンした石膏像の本物の彫刻をいっぱい見たときに、「なんでこんなに遠い場所にある本物からかたどった石膏像を、受験のためにデッサンしていたんだろう?」と思って。私が通っていたのは「美術大学」ではなくて、「西洋美術大学」だったんだ! って思っちゃったんです(笑)
最初は特に意識せず西洋に惹かれていたけど、日本を見つめ直すことで、いろいろなものの見方ができるようになった気がします


―新作『あみこねあほい』は、前作の作風から一転、ラップをフィーチャーした楽曲が多く収録されていて驚きました

稲葉:私は馬喰町バンドを聴いたとき、他のロックバンドとかが西洋のカルチャーの音楽をやってるのに対して、「こういうのが聴きたかった!」って思ったんです
だから、「新作はラップなんだよね」と言われて、最初は「どうして?」って戸惑いました


―日本の民俗音楽とラップって、すぐには結び付かないですよね

武:僕らの中ではすごく結びついているんです
民謡って、突き詰めると即興の音楽なんですよ
大正時代には演歌師という人がいて、当時流行ってた民謡の替え歌で政治的な思想を歌っていたんですけど、言ってみれば、それってヒップホップの人たちが有名な曲からサンプリングして、その上でラップするのと一緒じゃないですか?
他にも江戸には「都々逸(どどいつ)」という歌遊びがあって、それは三味線とかの伴奏に乗って、七五調でそのときの想いを歌って、しゃれたことを言うと盛り上がるみたいな、そういう世界だったんです


―まさにヒップホップのフリースタイルみたいなものですね

武:そうなんです
ヒップホップ自体は昔から大好きだったんですけど、アフロアメリカンの人たちが作り上げた黒人の音楽を俺がやるのもなって思っていたんですね
でも、民謡を調べていくとどんどんヒップホップに近づいていって
「クドキ」という同じフレーズのループで7~8分続ける民謡もあるんですけど、それもほとんど即興なんです
俺たち、いつもツアーに行くと打ち上げで回し歌いをしていたんですけど、ベロベロになると息が続かなくなって、ラップになるということにも気づいたんですよね

―面白いですねえ

武:最初はあくまで宴会芸みたいなものだと思っていたんですけど、民俗音楽が持っている微分音やポリリズムの要素が、海外だけではなくて、最近は日本のトラックメイカーの作るトラックにもすごく入っているんですよ
たとえば、OMSBのトラックなんかを聴くと、西洋的な平均律ではない音がガンガン入っているし、メトロノーム的ではなくて、アジア的な揺らぎで聴かせるビートの感じも入っている。民俗音楽の芯を射抜いてるんですよ
ラップは打ち上げの場とかで自然とやっていたわけだし、だったら、こういう音楽をやった方が自分たちは自由に呼吸できて、息苦しくならないのではないかなって

まったくラップっぽくない映像にした方が、馬喰町バンドならではの感じになるんじゃないかって(稲葉)

―では、"ホメオパシー"のミュージックビデオについて聞かせてください
稲葉さんはこの曲を聴いてなにを感じて、どのようにイメージを広げていったのでしょうか?

稲葉:ラップだし、メロディーも繰り返しだから、正直「難しい!」と思いました
ただ、武さんは音楽だけではなく絵も描く人なので、曲の世界観とシンクロしている絵を素材として使おうと
でも、これまで描きためた絵だけだと取ってつけた感じになっちゃうから、私が描いた絵も加えて、それをコマ撮りしている部分と、デジタルで動かしている部分が合わさった形になっています

武:切り絵はユーリ・ノルシュテイン(1941年生まれ、切り絵を用いるアニメーション映画などで知られる映像作家)からの影響?

稲葉:ユーリ・ノルシュテインのアニメーションは学生のときから好きで、一回ワークショップに参加したこともあるんですけど、ユーリさんはセルのシートに絵の具で描いたものを使っていて、私それを紙だと勘違いして、それが今の自分のやり方になっているんです

―武さんからなにかリクエストはあったんですか?

武:まりちゃんが「生意気」時代にアニメを担当したYUKIのミュージックビデオ("66db")で、実写に手書きで描いた線画が星みたいに降り積もるのを見ていたから、ああいうのもいいね、というのは言いました
5分くらいの曲を全部アニメーションでやるのは大変だから、アニメと実写を組み合わせてやろうってなったんじゃなかったっけ?

稲葉:実写を撮るシチュエーションとして、たとえばビルの屋上とか、日本家屋とか、いくつか候補が挙がったんですけど、「なんかありがちだね」って話をしたよね
まったくラップっぽくない映像にした方が、馬喰町バンドならではの感じになるんじゃないかって

武:ヒップホップって、グラフィティーやダンスも含んでいて、総合芸術の側面を持っていますよね。その意味でも民俗音楽に近いとも言えるけど、とはいえヒップホップに寄せたミュージックビデオにするよりも、アニメーションの方がいいねって話はしたかな
でもさ、象、亀、虎、鯉とか、出てくるのは花鳥風月的というか、アジアな感じだけど、描写とか色使いは美大で培った西洋の技術を使ってるよね?

稲葉:ああ、そうかもしれない

武:無意識に一番気持ちいいやり方を選んだときに、やっぱり西洋的なものも出てくるんだなっていうのは僕もすごく感じていて
まりちゃんが一時期西洋美術一辺倒に疑問を唱えていたみたいに(笑)、俺も「西洋なんかダメで、アジアがいい」と思った時期があるの。なにかに感化されると、一回極端に振り切れることってあるじゃない?
でも、やっぱり西洋文化にも影響を受けているわけで、それって自然と出てくるんだよね

稲葉:作家でもミュージシャンでも、その差を意識しないというスタンスの人もいる気がする。「あくまで自分自身がフィルター」みたいな

武:あ、今の俺はそういう感じ

稲葉:私は最初まったく無意識だったのが、途中から意識するようになって、でも別に以前までのものを完全否定するのも違うし、これからどう混ざって自分の作風が変化するのだろうと思ったりもする

―このミュージックビデオがモチーフは東洋で色使いが西洋であるということが、武さんにもすごくしっくり来たということですね

武:そう、やっぱり自分が培ってきたものをそのまま出してるのがいいと思う

ギターでなんでもできると思っていたから、ギターが民俗音楽と合わなかったことが、結構ショックだったんですよね(武)

―武さんはギターと三味線を融合させたオリジナルの楽器「六線」を使っていて、今回はそのエレキバージョンの「エレキ六線」を使っているそうですが、これもまさに西洋と東洋の融合ですよね
「六線」はもともとどうやって作られたのですか?

武:ギターで民俗音楽をやろうと模索していたときに、沖縄民謡の歌手の方とご一緒したら、全然音が合わなかったんです
当時まだ20歳で、ギターでなんでもできると思っていたし、沖縄民謡はポップスの中にもたくさん入っている音楽だから、それが結構ショックだったんですよね
で、僕のおばあちゃんが長唄をやっていて、家に三味線があったから、それを使ってみるとちゃんと微分音とかも追えたんです
ただ、三味線を自分の楽器にするというイメージが湧かないから、ずっと悶々としていて
そんなときに、とある楽器の成り立ちの本を読んだんですよ

―なにが書いてあったのでしょう?

武:三味線って、もともと中国から三弦という楽器が琉球に渡ってきて、それがたまたま江戸に伝わって三味線になって、浄瑠璃とか民謡に使われるようになったんです
もしそれが三弦じゃなくて、バイオリンやリュートだったとしても、江戸時代の人はクリエイティブだから、そこから自分たちの楽器を作ったはずなんですよ
つまり、「日本の音楽は三味線じゃないといけない」ということではなく、たまたま三弦が日本に入ってきて、そこから自分たちの音を出そうと工夫して生み出したのが、美しい三味線だったというだけ
なので、僕は三弦じゃなくリュートが入ってきていたら、きっとこんな楽器を作ったんじゃないかと思って、この六線を作ったんです

絵は世界を理解するツールだという考え方が、自分の中では一番しっくりくるんです(武)

―武さんは一時期木工の仕事をやられていて、そのときに培った技術がオリジナルの楽器作りにも生きているそうですね

武:大学を卒業して、絵を描いたりデザインをしたりしながら音楽をやっていたんですけど、本には「民俗音楽は生活の中から生まれる」って書いてあって、僕もそう思ってたのに、自分が民俗音楽とつながってる感じが全然しなかった時期があったんです
それと同じように、絵はもの作りの原点であるはずなのに、仕事で絵やデザインをやっていても、「作ってる」という感じがしなかった。そんなときに木工の作家さんに声をかけていただいて、「これをやったらなにかわかるんじゃないか?」って、結構すがるような思いで始めたんです

―それが今は楽器作りにつながって、つまりはちゃんと民俗音楽にも接続できたと

武:自分が欲しい音はどんな立体物で出るのかというのを、手を動かして描くことでイメージできるようになっていったんです。バリとかに行くと、子どもが小刀一本で器用にオモチャを作っていて、飛行機に迫るくらいの高さまで上がる凧とかを作ってるんですよ
それって「手を動かす」ということが、ちゃんと生活の一部になってるからできると思うんです

―「手を動かすことの重要性」というのは、もの作りの根本に迫る話だと思います

稲葉:「線を引くことで音がイメージできる」って、すごく面白いですよね

武:前に共感覚を持っている少年と会ったことがあって、彼は音が色で見えたり、数字も色分けされて見えたり、あと丸と四角があって、どっちの外周が長いかを計らなくても頭の中で直線にして比べられるって言ってたんだけど、それは俺もやってるなと思って
やっぱり、絵は世界を理解するツールだという考え方が、自分の中では一番しっくりくるんです
音を理解するのも、数式とか言葉より、色とか面とか線で理解する方がしっくりくる
そういうことを、その子と話しながら思いました

―稲葉さんは手を動かすことでなにか別のことを理解するような感覚ってありますか?

稲葉:そうですね......作業してるときは瞑想みたいな感覚というか、集中して没頭していくことで、満たされる気持ちになることはありますね。他にはない充実感を感じられるというか

武:まりちゃんにとっても、きっと手を動かすことは重要だよね
だって、わざわざ手書きじゃなくても、一つひとつの絵を作ろうと思えばパソコンとかで作れるわけじゃん?
俺は音楽にしても半分は耳と体で聴いてるけど、半分は手で聴いてるみたいなところがあるし、なにかを考えてるときも、半分は脳と言葉で考えるけど、半分は手で考えてると思う
その割合が、脳と手が5:5だったのが、0:10になったときは、なんの不安も恐れもなくなってるときなんだよね

稲葉:確かに、そうかも
あと私がなんで切り絵にこだわるのかというのは、普通の絵は形を決めて完成だけど、切り絵だと置き方のバランスによって偶然できる形があって、私にはそれが面白い
自分で描いてるんだけど、切って組み合わせることで、偶然生まれた形で驚きたいのかもしれない

「こうしなきゃいけない」という方ではなく、あくまで自分が惹かれる方向に進むのがいいと思います(稲葉)

武:まりちゃんってホント珍しいタイプで、学生のときからやりたいと言っていたことを、今もやり続けてるって、すごいことだよね
別に、途中でやりたいことが変わるのも悪いことではないけど、同じことをやり続けるのは珍しいと思う

―このインタビューは「自分ももの作りに関わりたい」と思う人が多く読んでくれるのではないかと思います
最後に、そんな人たちへのアドバイスをいただけますか?

稲葉:やっぱり、自分の欲してるものを聞く耳が大事だと思います
いろんな人に相談することもアリだけど、きっと答えは自分の中にしかないから
「こうしなきゃいけない」という方に進んでも、絶対行き詰る気がするので、アンテナは張りつつも、あくまで自分が惹かれる方向に進むのがいいと思う
さっきの武さんの話にしても、木工の話をもらって、それに惹かれたからこそ、その後の楽器作りにつながったわけじゃないですか?
今って杓子定規に「正解はこれ」って計れちゃう時代だと思うけど、そういうのに惑わされないことが大事だと思います

―武さんはいかがですか?

武:さっき「途中でやりたいことが変わるのも悪いことではない」って言いましたけど、それがなにであれ、作り続けることだけが大事だと思います
僕は今人生の半分くらいを生きたとして、残りの半分でどれだけ作れるかを逆算して生きていて、とにかく死ぬまで作りたいと思っているんです
先のことを不安に思う必要はないから、とにかく作りまくって欲しい
作ることは絶対にやめない方がいいと思います

稲葉まり(いなば まり)
2002年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。クリエイティブユニット生意気に勤務し、印刷物(CDジャケット、ポスター、装丁など)、ミュージックビデオ、ライブ映像制作、企画展に関わる。2006年より独立。切り絵を用いたイラストレーション、グラフィックデザイン、コマ撮りアニメーション制作、ディレクションを行っている。2010年新作アニメーション作品を含むDVDシリーズ『VISIONARY』発売。

April 5, 2017 - interview by

2015.9.16 CD Journal Web掲載記事

自分たちが一番気持ちのいいやり方

自分たちが一番気持ちのいいやり方ーー馬喰町バンド4thアルバム「遊びましょう」

2007年に結成され、2010年からはギターの武 徹太郎、ベースの織田洋介、パーカッションのハブヒロシという現在の編成で活動を続けている馬喰町バンド。わらべ歌や民謡も含む独自のレパートリーをアコースティック・アンサンブルによって聴かせる彼らの4作目『遊びましょう』が目を見張るほどに素晴らしい。汎アジア的なトラッド / フォルクローレの世界を過去誰もやったことのないやり方で実現してしまったこの作品を聴き、まったく新しい民族音楽が突然目の前に現れてしまったような感動を覚えるのは僕だけではないだろう。
 また、前作『ゆりかご』からハブは"遊鼓"というオリジナルの打楽器を導入していたが、今回は武も"六線"という独自の弦楽器を開発。それら風変わりな楽器を使って彼らが奏でるのは、西洋音楽を前提としたポップ・ミュージックの制約に囚われることのない、スリリングで前代未聞の日本のトラッド・ポップである。バンド史上最高傑作とも言えるアルバムを作り上げた馬喰町バンドの3人に話を聞いた。

s_MG_9859.JPG

――今回のアルバムの制作に入るにあたって、3人のなかで共有していたヴィジョンやテーマはあったんですか。

武 徹太郎(以下 武):前作から"遊鼓"という自作打楽器でやるようになったんですけど、その段階から決まったビートを刻むことから離れて、呼吸とか間合いを重視してリズム体系を組み立てていこうということになったんですね。
今回はさらに平均律(註: オクターブを等分した音律)に対しても違和感を感じるようになってたので、その制約も取っ払いたくなった。
僕自身、六線というフレットレスの三味線みたいな楽器を作ったところだったし、ギターを使うにしても西洋的な調性をどうやって越えていくかということを考えていました。そうやって制約をできるかぎり取っ払ったところで作りたいというのと、自分たちが作っているものはあくまでもポップ・ミュージックだと思っているので、聴きやすいものを作りたいと

――そもそも六線ってどういう楽器なんですか?

武:三味線ってボディーが和太鼓でできていて、そこに棹を通してるんですけど、六線もボディが桶太鼓で、フレットのない棹を通してるんです。
三味線って中国の楽器が江戸に流れ着いて、それを江戸の人たちが創意工夫してできたって言われますけど、もしも同じころにウードやリュートみたいな楽器が江戸に入っていたら、江戸っ子は六本の弦で新しい弦楽器を作っていたんじゃないかと思うんですね。しかも一番安価な桶太鼓を使ってたんじゃないかという仮説から、僕も桶から作りまして

――えっ、桶から作ったんですか。

武:そうそう。そこにアフリカのヤギの皮を貼って。(SHUREの)57のBETA(というマイク)を中に入れてるので、音も結構出るんです。ただ、音はいいんですけど、打楽器の音の渦の中だと埋もれてしまう。ということで、今の六線のエレキ版を作ってます

――電化六線!

武:結構エグイ音が出るんですよ(笑)。次のアルバムでは使うかも

――そうやって既存のリズムや音律から自由になるというのが今の馬喰町バンドの課題?

武:自分たちが聴いてきたポップ・ミュージックの語法に対する違和感からそういうことをやってるわけじゃないんですけど、自分たちがやりやすいようにやっていたらこうなってしまった。
以前、インドの伝統音楽家と話したことがあって、インドでは基本的にラーガに基づいた即興音楽をやるんですね。そのうえ彼らは季節や時間帯によって使う音階も異なるんです。音楽は時間芸術だし、時間も一定じゃないと思うんですけど、そこに一定のリズムを刻んでいくことに不自然さを感じるようになったんですね。インドの伝統音楽家のほうが自然というか

――なるほど。

武:たとえばBPM120なら120、440kHzなら440kHzの音楽を人工的にコントロールすることは簡単なわけですけど、そのフォーマットの中だけでやってると自分たちは気持ちよくなれない。自分たちの呼吸やタイミングに合った"本当のテンポ"というものがあると思うんですね。テンポがそれだけ揺れるのであれば、音程も必ずしも決まった音程にこだわる必要もなくて、自分たちが気持ちよくなれる音程があるんじゃないかって。民族音楽を聴いていると、そういうものってたくさんあるじゃないですか

――そのなかでだんだん既存のコードやリズムが窮屈になってきた、と。

武:そうですね。それだけだと表現しきれなくなってきてる。もちろんコードやリズムのなかで気持よくできるのであれば何も変える必要はなかったんですけど

ハブヒロシ(以下 ハブ):みんなドラマーとか打楽器奏者に対して厳しいじゃないですか。"あいつ、(テンポが)走ってるぞ"とかすぐ言うでしょ(笑)

武:気持ちのいい走り方と気持ちのよくない走り方もありますけど、何をもって"走ってる"とするかですよね

織田洋介(以下 織田):馬喰町バンドの場合、リズムの入り口と出口が合っていればオッケーという曲もあって。
彼(ハブ)の場合は意図的にそのなかをかき混ぜてくる傾向がある(笑)。彼のリズムを頼りに演奏すると崩壊しちゃうんだけど、演奏しているとそこにおもしろさがあるんですよね

武:韓国の伝統打楽器奏者の演奏を聴いていても思うんですけど、各国の民族音楽って意図的にテンポが速くなっていくものが多いんですよ。ガーッと時間軸を圧縮していく。それは"走ってる"というものとはちょっと違うんですね

――そうやって各国の民族音楽のミュージシャンと競演することで得られた感覚が現在の馬喰町バンドの演奏スタイルには反映されてるわけですね。

武:うん、それはすごくありますね。海外の民族音楽家とセッションすると、通常のギターの弾き方じゃ追いつかないんですよ。ピアノにしてもギターにしても"万能の楽器"みたいに言われますけど、全然そんなことない。沖縄の民謡の人とやっても、江戸囃子とやってもギターじゃ対応できないんです

ハブ:既存の楽器って洗練されてるものばかりで、隙間がないんですよね。自分で"こうしたい"と思ってもなかなかできない。僕らみたいな溢れ者にとってみては息苦しくて仕方ないんです。音楽なんてもともとは溢れ者がやってたものなのに(笑)

武:楽器そのものには無限の可能性があるのに、それを狭めちゃってる気がするんですよね。人間ってそもそもものすごく微妙な音階やリズムの変化に対応できるものだと思うんですけど、楽器がそれに対応できていないというか

ハブ:優秀な人たちはちゃんとできるんですよ、既存の楽器でも。僕らみたいにできない人たちはどうするか?というところでこうなっちゃってる

――でも、普通のミュージシャンからしたら六線にしても遊鼓にしても不自由で仕方ない楽器ですよね。

武:そうそう、弾きづらくて仕方ないんですよ(笑)

ハブ:遊鼓なんかちょっとでも湿ったら音が出ないし(笑)。民族楽器って、太鼓なのに全然鳴らないものが結構あるじゃないですか。シケせん(註: 湿気った煎餅)みたいな楽器というか(笑)

――あるある。沖縄のパーランクとか。

ハブ:そっちのほうが好きなんですよ。昔のアフリカの楽器なんかもそう。ベコベコの太鼓を叩いていたのに、だんだんハイファイな音になってきてる。今じゃジャンベもキンキンな音になってますよね

武:和太鼓もそう。パンパンに貼った締め太鼓だからメチャクチャ鳴るんですよね。それを手数と音圧で攻めるか盛り上がるんだけど、家に帰ると全然音が記憶に残ってない

ハブ:馬喰町バンドはシケせん派なんです(笑)。それが電子楽器には出せない生楽器の特性だと思うんですよね

――今回のニュー・アルバム『遊びましょう』についてなんですが、音の空間や説得力が前作と段違いな感じがするんですよね。ひとつひとつの音がすごく豊かになっている。

織田:前回と同じヤマピー(山本尚弘)っていうエンジニアにやってもらったんですけど、彼自体の解釈力がアップしてて。
前回はヤマピーとの認識の違いを摺り合わせる作業が多かったんですけど、今回はベコベコの音でもそのまま録ってくれて。
あと、前のアルバムでは防音設備のあるスタジオや公民館で録ったんですけど、今回は八ヶ岳にあるただの小屋で録ったんですよ。そこも影響してるかも

武:前作と今作の間にとある映画の音楽をやったんですけど、それもヤマピーが録ってくれたんですね。そのレコーディングで劇的に音が変わったという感覚はありますね。一発録りの方法論がそこで確立できた感じがあったし、すごく手応えがあった。それを踏まえての今回のレコーディングだったんです

――収録曲についても触れたいんですけど、1曲目の「源助さん」は 岐阜県郡上市白鳥町の盆踊り"白鳥おどり"で歌われている同名曲をモチーフにしてるんですよね。

武:大好きなんですよ、この曲が。家でも三味線を弾きながら歌うぐらい大好きなんですけど、あまりに好きすぎて曲にしちゃったんです

――「いだごろ」も民謡だそうですけど、どこの歌?

武:これは(宮崎県東臼杵郡)椎葉村の歌で、向こうに行ったときに知ったんです。椎葉村ってすごくたくさんの歌が歌われている場所なんですけど、向こうの民謡の人でもこの歌を知ってる人はいなかった。
僕はたまたまおじいちゃんがアカペラで歌ってる昔の音源を耳にして、それで自分たちでもやってみようと。"いだごろ"っていうのは魚の名前から取られたという説と、"いいだごろう"という男から取られたという説があるんですけど、歌詞からすると完全に魚の歌ですね

――あとはオリジナル?

武:そうですね

――なかでも「わたしたち」なんて本当に名曲だと思うんですよ。馬喰町バンドにここまでメッセージ性というか、強い言葉の歌ってあまりなかった印象があって。"さあさ語りませんか、間に合うように、私たちの語り方で"とか、なんだかグッときちゃって。

武:アジテーションというか、自分たちの思想や感情を訴える歌って馬喰町バンドでは避けてきたんですよ。
そういうものじゃなくて、民謡やわらべ歌みたいに個人を越えてみんなで歌える歌をやっていこうと。でも、突き詰めていくと自分たちのなかに言いたいことはやっぱりあるし、そこを避けられなくなってきた。それで、自分のなかにあるものを直接的な言葉で歌にしたのがこの曲なんです

――なるほど。

武:僕としては、トラディショナルなものを志すとだんだん孤独になっていっちゃうような感覚があるんですよ。日本を含めどの国にも豊かな音楽があるけど、突き詰めれば突き詰めるほどそこに自分たちの居場所がないということも分かってくる。"じゃあ、自分たちが一番気持ちのいいやり方で音を出そう"というのが馬喰町バンドの原点なんですね

――今回のアルバムって今まで以上にオリジナルとカヴァーの間に差がないですよね。「鬼の子の夢」なんかも最初どこかの土地のわらべ歌かと思ったぐらいで。

ハブ:確かに。今までは少し差がありましたもんね

武:地方のライヴ後の打ち上げでは即興でラップ・バトルなんかもやってるんですよ(笑)。ああいうとき、ネタがなくなってくると即興で民謡を歌うんですね。韓国の人たちも本当によく歌を歌うんですけど、こちらとしては負けるわけにいかないから、やっぱり即興で歌う。そうやって即興で歌えないと海外の人たちとは勝負できないんですよ

――それがたとえ打ち上げの場だとしても(笑)。

武:そうそう。そういうことを遊びのなかで学ぶ機会が多くて、そのなかで既存の歌と即興で作った歌の境目がだんだんなくなってきちゃったのかも

――今回のアルバムって今まで以上に風通しがいい気がするんですよ。これまでは3人だけで作り上げてきた世界に基づいた作品だったけど、今回は海外の人たちも含むいろんな人たちと演奏してきたことが反映されてるから、世界観がすごく広くて豊かなんだと思う。

ハブ:無意識のうちに反映されてるものがあるのかもしれませんね。成長した部分もあると思うし、韓国のミュージシャンだったり邦楽の人だったり、感覚が似たミュージシャンがだんだん集まってきて、一種のコミュニティーみたいなものができつつある気がする。めざしてる方向性が一緒だったり、同じものを共有できる人たちが増えてきてるというか

――ところで、『遊びましょう』というアルバム・タイトルはどうやって決まったんですか。

武:僕、(平安時代の今様歌謡集である)『梁塵秘抄』の一節にある"遊びをせんとや生まれけん"というフレーズが大好きで。"遊びをしないと何も生まれてこない"と思っている僕としては本当にその通りだと思うんですね。今回のアルバムもそのまま『遊びをせんとや生まれけん』というタイトルにしたいぐらいだったんですけど、現代的に『遊びましょう』というタイトルにしようと

――こうして新作が完成したわけですけど、できあがってみてどうですか。

ハブ:今までのアルバムのなかで一番力が抜けてる気がしますね

武:レコーディングも一気にやっちゃったので、そんなに時間かけてないんです。力んでもいないですしね。最初のアルバムのころの力み方なんて凄かったですよ(笑)。
それがだんだん楽になってきてる。いろんな制約を取っ払ってやることによって時間がかかるんじゃないかとも思ってたんですよ。コードやBPMに頼ったほうが楽なわけで、もっと苦戦するかと思ってた。でも、今のところはより自由かつ楽しくやれるようになってますね

――六線の電化ヴァージョンも作ったことだし、次のアルバムへのアイデアも出てきてるんじゃないですか。

織田:音だけで表現するものじゃなくてもいいような気はしてます。映像と一緒だったり、そういうものも作りたい

武:僕はすぐにでも作りたいんですよ。それこそもうコードを使わなくてもいいと思ってるし。でも、自分たちがやってるのは広い意味でのポップ・ミュージックだと思ってるので、大衆性は失いたくない。芸術性を追求して難解なものを作りたいとは思わないんです

September 17, 2015 - interview by 大石 始

2015.9.3 OTOTOY掲載記事

馬喰町バンド新作ハイレゾ・リリース記念対談!

ポップ・ミュージックと伝統音楽の距離感 : 武徹太郎(馬喰町バンド) x 川村亘平斎(滞空時間)ーー馬喰町バンド新作ハイレゾ・リリース記念対談!

わらべうたや民謡、踊り念仏などこの国の人々、土地でかつて生まれた"大衆のうた"を掘り起こし、その記憶を帯びた感覚で現代の"大衆のうた"作り出す。その音の向こう側には世界中の、アフリカのブルースや、アイリッシュ・トラッドなど各地の"大衆のうた"を見出してしまうことすらある。このたびリリースされた馬喰町バンド4作目のアルバム『遊びましょう』は、まさにそうした彼らの音楽性が結実したアルバムだ。これまでもそのトレードマークでもあった自作担ぎ太鼓「遊鼓」、今作から加わった三味線の構造をもつフレットレス・ギター「六線」を駆使し、「ゼロから始める民俗音楽」をまさに地でいく作品と言えるだろう。OTOTOYでは本作を24bit/48kHzのハイレゾで独占配信。この類まれな音楽集団を掘り下げるべく、馬喰町バンドの武徹太郎を招きつつ、今回はもうひとり民俗音楽とポップ・ミュージックの間を行き来する音楽集団からもうひとり才人を迎え、特別対談を敢行した。

OTOTOY掲載URL

_8009524.jpg


自分語ではじめるじゃないですか、あんなの普通の人できないですよ

ーー何回か共演してると聞いたのですが、初めにお会いしたのはいつですか?

武徹太郎(以下、武) : 滞空時間が、バリとマレーシア公演なんかのドキュメンタリー・ビデオ(『[ONE GONG] ~South East Asia Tour 2012~』)を撮ったじゃないですか。それを逗子の〈CINEMA AMIGO〉で上映してることを神田亜紀さんという方に誘っていただいて、観に行ったのが最初ですね。僕はそのときはじめて滞空時間のことも知って。たしかその映画の公開のときのトーク・ショーを聴いて(辻)圭介さんと徳久(ウィリアムス)さんと3人でやってるその喋りが面白いなという印象があって(辻、徳久ともどちらも滞空時間メンバー)。


川村亘平斎(以下、川村) : その後、馬喰町のイベントに2回出させてもらってますよね。

武 : いや、1回は僕たちが主催する〈馬喰町音楽会〉っていうイベントに出てもらったんですけど、もう1回は〈Super Deluxe〉でやった、キリンビール協賛についた〈NIPPONIA 2013〉というイベントでご一緒させていただいたんですけど。だから僕はライヴよりも先にトーク・ショーだったんで、音楽というより、面白い話をする人だなって。

ーー喋りがおもしろい人(笑)。

武 : いまだにその時話してた話は覚えてますからね。ただバリのディープなところに行くだけじゃなくて、かみ砕いておもしろく話をしていて、それから「すげーな、どんな音楽やるんだろう」と思いました。その後、滞空時間を観たのは、〈曼荼羅2〉で、たしかバリのミュージシャン呼んだとき......。

川村 : あーマレーシアの人ですね(カムルル・フシン)。

武 : そこで滞空時間のライヴをやっていて、めちゃんこ狭いのにお客さんが100人以上も来てきっつきつのところで。あれはすごかったですね。大石始さんも来ていて「とんでもないな」って。

川村 : 馬喰町バンドはとにかく演奏がうまいんですよ。僕は本当ガムランくらいしかできないんで、うまくていいなあと。

武 : そんなこと思ってたんですか(笑)。そんな、ライヴではとにかく世界を壊してる感じじゃないですか。最初にライヴ観たとき、パンパンのお客さんの後ろから出てきて「わちゃわちゃわちゃーー!!」とか言って自分語ではじめるじゃないですか、あんなの普通の人できないですよ。

一同 : 笑。

川村 : いや、逆にあれしかできない(笑)。

武 : 全部自分語だし、日本でポップスとかバンドとかやってる人って楽器屋で楽器 買うところからはじめる人が殆どだと思うんですけど、そういうところではなかなか生まれてこないですよね。

川村 : いや、僕も中学のときはヤマハのフォーク・ギター買いましたよ。

武 : フォークなんですか(笑)。なんかメタル好きって言ってませんでしたっけ?

川村 : 違う違う(笑)。それは滞空時間の他のメンバーがみんなメタル好きだけど、僕とAYAさんだけメタルを通ってないという話で。

武 : あ、そうなんですね。なんだ。

川村 : なんだって(笑)。

武 : 馬喰町バンドはみんなメタル通ってますよ。

川村 : なんか馬喰町バンドはそういう技巧的なところあるんですよ。

武 : いや、技巧的なとこなんてないですないです(笑)。そんな風に思ってたんですか...。

川村 : いやありますよ! 今日は武くんとの対談だからたぶん共通点とか聞かれるのかなと思って。逆に、何が違うのかなと考えたときに、やっぱり武くんはギターが弾ける。でも僕は打楽器だから出発点がまず違うんです。だから作曲のフォームも違うし、音楽を見てる立ち位置も違うと思う。

武 : なんか身体性がすごい強いですよね。亘平さんの音楽って。

川村 : でもそれは打楽器奏者というのが大きいと思う。弦楽器の人って、もっと自分の見える範囲で歌うということに集中するというか。僕はどっちかっていうと、全体を聴くというか、アンサンブルに対して集中するというか。

武 : でもほかに打楽器奏者見ても「ああ亘平さんみたいだな」って思う人いないですよ。

川村 : いっぱい居ても困りますよ(笑)。

「表現したい」ということは誰かとリンクしないと表現にならないから

ーーふたつのバンドの共通点はある種ルーツミュージック的なところと今のポップスとつなげる存在っていうことだとは思うんですけど。要はだた伝統音楽の今やることではなくていろんな要素を集めて自分たちの表現をしていくこと、お互いの音楽を見て、そういう視点かなと。

川村 : 武くんのそういうのは気になりますね。

武 : 僕はポップスを「大衆音楽」と捉えていて。フィールドワークしたりして音楽の根源っていうのは知りたいなって思ってます。だけど博物館に入れるようなものを作ってもしょうがないなって思っていて。もっと本質みたいな意味で言ったら「ネイティヴなそのままのかたち」というものを追求していったらいくらでもあると思うんですけど、それは別に自分がやらなくてもいいかなと。研究の対象になるような地域性の強いものをやろうとは思っていなくて。ポップスという意味で言ったら、今自分たちと同じ様な世代の人が聴いて、抵抗なく入ってくるものが作りたいです。そういう意味ではポップスというフィールドがいいなって思っています。

川村 : 「ポップスをやっている」っていう意識があるってこと?

武 : そうですね。

川村 : 僕ないからな...。

一同 : はははは(笑)。

川村 : 伝統的というかいま出た博物館的なものとポップスが対比されるんだとしたら、どこに表現のポイントを打つかという話だと思うんですけど。武くんはだいぶポップス寄りなんだと自覚はしているとしたら、僕はもうちょい伝統音楽かな。むしろ伝統音楽に埋もれてみたいんだけど、そうすると表現者としての欲求が満たされなくなるんですよ。「表現したい」ということは誰かとリンクしないと表現にならないから、そこで現代の人に向けて、そして博物館的なものなかでなにがヒットするのか、その間をとるというか。そこがポップの瞬間っていうか。それぞれの地域音楽をいっぱいこれまでも見てきたけど、値域音楽ってやっぱり地域の人にしかヒットしないんですよ。でも、むしろしなくていいんだと僕は思っていて。だけど僕はそれを学んじゃったから、日本に持って帰ってきて、じゃあ自分は日本人だから日本人の好きな音楽とそういうものを無理なくくっつけられるところを探そうと。

武 : 滞空時間の音楽を見ても、土着の地域性の強いものを、その距離を越えて持ってきている感じは、そういうことできるんだなって思いました。

川村 : あんまりかっこい言葉じゃないんですが、それを「グローカル」っていうか...。でも、そういうビジョンみたいなものを、20世紀の最後に自分で見つけなきゃって思って僕はバリに行ったんですよ。もうアカデミックにやるだけじゃ説明できないことがずっとあって、それをアカデミックで説明できてるってみんなが一瞬思ったんだけど「やっぱ違くない?」て思ってたサイドの人なんです。やっぱり、限られた地域のところに行って、その中で全員が理解できること、本当はそのエリアの人しかわからないはずなのに、それによって60億人が理解するなにかがあるとしたら、それを探したらいいんじゃないのって。まぁ「グローカル」なんですけどね(笑)。「グローカル」という名前をつけちゃったらもう商品なので。僕は商品にしないものが自分の中にあるし。

「生まれつきやっているんだけど、あるときにやめちゃうもの」

ーーでも音楽ということで言えばやっぱり商品にもなりうるというのは承知の上でというのがあると思うので、どこにポイントを打つのか、そのせめぎ合いですよね。

川村 : そうですそうです。だからグローカルっていうムーヴメント自体は否定しないです。自分もその中にかなりどっぷりいるはずだから。

ーーそこの部分のせめぎ合いっていうのが、さっき言っていたポップ・ミュージックっていうものの捉え方になってくるのかなと思うんですけども。馬喰町バンドがわらべうたや伝統音楽みたいなものをひとつの起点として、自分たちの音楽をやるきっかけっていうのはどうなんですか?

武 : とんでもないものとか、超越的なものとか、すさまじいものとか、知りたいじゃないですか。だから、色々調べたりフィールドワークしたりするけれど、でも自分が感動するものは未知のものじゃないことが圧倒的に多くて。「あ、やっぱりこうなんだ」っていう、ファースト・コンタクトなんだけど昔から自分の中にあったものに感動することがすごくあって。「これ知らない」って感じてあんまり感動できなくて、むしろ昔から知っていった「やっぱりな」という気持ちに感動するんですよね。音楽もそうなんです。誰にも教えられなくても最初からできることが人間にはたくさんあるような気がしていて。例えば子供って絵描くの好きだけど、「うまくかけない」とか「うまく褒められない」とかなにかのタイミングでやめちゃう人が圧倒的に多いと思うんですよ。俺は音楽もそういうことろがすごく好きで。覚えて学んで形にするものよりも、生まれつきやっているんだけどやめちゃうっていう種類の音楽が人間にはあると思って。もともとわらべうたにはそういうヒントがあると思ってやりはじめたんですけど、今はむしろ別にやらなくてもいいかなって思ってます。子供はわらべうたなんか歌わないですよね。

ーー今の子供はですか? たしかに。

武 : 今はというより、昔から子供は作られた歌なんか歌う必要があんまりないな、と。公園とかで野球やってるようないまの子供を観察するみたいなこともしたんですけど、まず子供って話し言葉が大体全部歌なんですよね。喋ってるほうが少ない。例えば「いっくぞー!」とか、全部歌なんですよ。もともとすごく全部が歌なのに、なにかのタイミングでこれができなくなっちゃうんだなあって。でも、ものすごい地域性の強い音楽の中にはそういうリミッターがないっていうものが多いなって思っていて。

川村 : 確かにね。

武 : もともとスッと体に馴染んで歌い続けるみたいなものが、残ったまま大人になった人たちがめちゃくちゃ多いから。

川村 : それと、自分の中のポップスっていうのはどういう線引きなの?

武 : 僕もだからポップスよりそういうものの方が好きです。研究者の人と話してるほうが、実際すごく楽しかったりもするし。

川村 : やっぱり「ポップ化される」っていうのは大人の意思がないと、ならない。

武 : そうなんですよね。ポップスはやっぱり影響力を人に与えることに価値を見出してお金に変えていこうっていう音楽だから。人々にリンクして。でも、地域性の強いものって人に影響を与えようとかいうものとは違いますから。もともとみんな解き放たれてるところからはじまるから、その必要がないのかなって。でも僕はどこにいってもアウトサイダーだからその中には入れない。

川村 : まあ、結局ね、僕もそうだから...。

武 : フィールドワークで、個人としては親友みたいに仲良くなることはできるんですけど。例えば「結局日本人のお前がここで韓国の太鼓叩いてるんだ」っていうのがあるから、どこまでいってもネイティヴの人にはなれない。21世紀まで生き続けているってことは、みんながなんらかのネイティヴであることには間違いないんですけどね。ただ、アウトサイダーは伝統の中にどっぷり入れないのでさみしくなっちゃうんですよ、仲良くなれば仲良くなるほど。だから、自分がポップスというフィールドにいるとは思わないですけど、結局それを選んでいる気がしますね。

川村 : それが武くんのフィールドだもんね。武くんのネイティヴ。

武 : 僕のネイティヴですね。

川村 : 武くんの言う「自分は"外人"だな」と思うのはどこにいっても思うことだと思うんですよ。"外人"にしか見えないものがあるというのはすごく強く思うんですよ。特に最近、東北で南相馬の人たちとその地域に残っている物語を影絵にするっていう企画をやったんですけど、その地域の人たちがほとんど忘れてしまっているような物語をたまたま見つけて影絵にしたら、「こんな話知らなくて、これは川村さんがいなかったら見つけられなかったよ」なんて話をされたんですよ。それは"外人"でいることの特権というか、"外人"しか気づかないこと。その分かなり孤独ではあるんだけど、そういうことでひとつのコミュニティーにアプローチはできるんだなとすごい思って。それはバリでもそう。ポップスの話に戻すと、バリのいまのメインストリームに対して、自分の異端が入ってメインストリームが少し変わるっていう。それが10年後とかに効いてきたりする気がしていて。だから(武君が)韓国にいったこととか、韓国の人たちの何年か先とかになにか影響があるんじゃないかなって僕とかは思う。わりとのんびりしているんで(笑)。

譜面上の感覚でいったらどこで気持ちよくなったらいいのか一見わからない。

ーーさまざまな地域性があるとはいえ、実は全部繋がってますよね。それこそ日本国内だって旅の芸人さんがいたり、海からだっていろんな人が入ってきてそれとともに"芸"が伝来したり。それが地域のものに入り込んで、数百年単位でそこの地域のものになる。しかも絶えず、そうした要素が入ってくる。まさにこうしたものの伝統芸能の成り立ちじゃないかと。伝統文化っていきなり生まれた全く不変のものではなく、絶えずゆっくり形を変えていると思うので。だからこそオリジナルなものになるというか。"不変の伝統"というものよりも"変化"が伝統を作るというか、そういう意味ではお二方のやってるスタイルって逆に、いままで残っている伝統文化ができた本来の"経過"に近いのかなと。ひとつ今回の馬喰町バンドを聞いていて思ったことがあって、今回の作品、コントラバスが入ってるじゃないですか。そして滞空時間にはベースがいるっていうのは特徴的だと思うんですけど、あの低音の力っていうのは以外と20世紀的なもので、それが入ることによって両方ともポップの強度みたいなのが増しているような気がして。

川村 : ある種の聴きやすさみたいなのはあると思います。

武 : そう、低音が入ることによって、パッケージング感はすごく出るっていうか。聴き やすさみたいな。ただ 低音ってほん とに支配力がすごいから、感覚の無い人が弾いているとちょっと不自由になるんですよ。やっぱ、民謡とか民族音楽の真骨頂のひとつって即興性だと思うんですよ。今は日本の民謡の歌手で即興歌える人ってすごい少ないと思うんですけど。その、ベースが入ることによって即興性ってすごい限定されちゃうんで。

川村 : あー、あるかもね。

武 : ただ、いろんなプレイヤーがいるとは思いますが。ベース使うって難しいですね。日本の歌の旋律楽器であんなに低音が入っているのってないし。太鼓と歌とか。三味線の世界観じゃあんな低音絶対ないし。

川村 : ああいうふうにアンプされないしね。ベースがバンドで聞こえるっていうのは、要はアンプがあるってことなんですよね。PAされてない限り、ベースっていうのはああいう活躍は絶対してこなかったっていう歴史があるから、最近の音楽しかベースが聴こえないというか。でもガムラン的にはゴングとか、低音のベースラインの楽器がもともとあるから、低音があるっていうのは自分にとってはナチュラルなんだけどね。でもAYAさんにもよく言うんだけど「とにかく曖昧な音出してくれ」と。譜面じゃ説明できないもんね。

武 : そうですね。馬喰町バンドもコントラバスはフレッドレス、AYAさんもフレットレス・ベース使ってるけど、やっぱフレットレスって大きいんですよね。コントラバスってクラッシック的とか西洋的とか言われるけど、実は結構西洋のヴァイオリンとかヴィオラとかチェロとかって微分音使い分けてるんですよ。でも西洋の楽器が日本に来て、フレットが打たれちゃったりとかするとその微分音がなくなっちゃって、フレットレス使ってるのに平均律でやってたりとか多いけど。でも滞空時間のあの曖昧な感じは素晴らしくうまく使いこなしてますよね。まず全てが曖昧だし。

川村 : ははは(笑)。

武 : だって、それこそジミ・ヘンドリクスの音楽とか中学生の時に初めて聴いた時とか「どこに調性があるんだ、どこで気持ちよくなればいいんだ」って戸惑うじゃないですか。ガムランはそうじゃないけど滞空時間のあの混沌とした感じって、ぱっと聴きみんながどこで気持ちよくなればいいんだろうとか、どこが芯になってやってんだろうっていうのが無い中で、全くみんなが迷わず突き進んでいくじゃないですか。韓国のシナウィっていう器楽曲の即興音楽とかも、歌があって歌に対して4つぐらいの楽器が即興で全部やるんですけど、バラバラなんですよ全部。調性はどこにあるんだろうって考えたら、他の呼吸感とかエネルギー感とかそういうころではみんなぴったり合っていて。でも音程とかピッチとか、譜面上の感覚でいったらどこで気持ちよくなったらいいのかわ一見わからない。僕はそういうのがすごい好きで、好きでっていうか本来そういうものだと思うんですけど。

川村 : 馬喰町バンドはそういうタイム感でやってるの?

武 : そうですね、意識してますね。やっぱりBPMとか、「刻む」って感覚はまず一番最初にやめて、なるべく刻まないっていうか、ここからここまでいくのに「俺はこうやって、お前はこうやって、でも大雑把に合ってればいいじゃん」っていう演奏をまずするようになって。今回のアルバムからは、新しい「六線」って楽器を使ったことで全部フレットレスになったんですよ。だって「ドからレの音にいくまでに2個の音しかない』ってのは絶対おかしいし、無限の可能性があるわけだから。リズムもそうだし、音の高さも音程もそうだし。で、だからあえてポップスの方がいいなって俺は思ってて。そういう微分音を使うっていうのは当たり前にどこの民族音楽にもあることで、日本の三味線とか沖縄の歌とかだってものすごい微妙な音程とかを使い分けてるじゃないですか。ただ、ポップスとか楽器屋で買った楽器だとできなくなっちゃうんですよね。太鼓もそうだし、弦楽器もそうで、ギターでは追えない音っていうのがすごく多いから作らざるを得ないっていうか。別に自作集団になりたいわけじゃないですんですけどね(笑)。

川村 : まあ結果的に六線の響きと、行ってた韓国の影響もあってか、アルバム全体が「まゆーん」としたノリになってますよね(笑)。韓国の人たちって大きく3つでノるじゃないですか。日本の人たちよりも大陸的というか、腰で乗ってきたりすると思うんですけど。そういうニュアンスがアルバムの中には結構入ってるなって感じました。

武 : そうですね。もうそこは全然意識してなくて楽器の特性上そうなっちゃった。打楽器も2個の音しか出ないし。厳密に言えば、2種類の1個の音って、音程一緒だからね。そうならざるを得ないんですけど。

「ここは自分の居場所じゃないな」って思いながらどうしようかなって思ってて。

ーーちょっとアルバムの話をしようかなと思っているんですけど、こうへいさんのご感想をお聞きしたいなと。

川村 : あ、今言っちゃいました(笑)。あ、でも「わたしたち」ってすごくいい曲っすね。僕これ作れないなって。変拍子なんですけどメロディーがストレートというかかなり爽やかな感じだから、そのアンバランスさが好きですね。

ーーいや、今日はかなりディープなところまで話がきましたね。

武 : 亘平さんがすごいと僕が思うところは、あの影絵、手を使ってなにかを作るというのがパフォーマンスと同居してるとこです。

川村 : 誰もやってくんないからやってるんだけどね(笑)。

武 : もともと僕、美術やっていながら「ここは自分の居場所じゃないな」って思ってて、それで音楽やってたら「ここは自分の居場所じゃないな」って思いながらどうしようかなって思ってて。

川村 : 武くんはすごい真面目なんです(笑)。

武 : あらゆる意味で、真面目ですよほんとに。

川村 : 僕なんかは、日本とバリでいうなら、日本があってバリがあってそのちょうど境目が絶対あるでしょ。その境目で「おおおおおお!」っていうのが好きなんですよ。常にその境目をいつも探すようにしてます。作るのと、やるのと、音楽の境目があるでしょ、その境目で「おおおおおお!」って言いたい。そこで「すげえ高いとこ来ちゃったけどどうしよう」みたいな(笑)。

September 17, 2015 - interview by 河村 祐介

2015.9.1 CINRA掲載記事

子どもは誰でも作曲能力がある?馬喰町バンドが目指す無垢な音楽

音楽はどこから来て、どこへ行くのか。誰もが一度はそんな壮大なロマンを思い描いたことがあるだろう。馬喰町バンドという3人組は、そんな命題に本気で挑み続けている稀有なバンドである。「ゼロから始める民族音楽」をコンセプトに掲げ、西洋理論に基づくポップスも、世界各国のフォークロアも、日本の民謡や童歌も吸収しながら、あくまで今を生きる日本人としての民族音楽を鳴らそうとする。そのために使われるのは、遊鼓(担ぎ太鼓)や六線(弦楽器)と名付けられた自作の楽器、現代のポップスで一般的に使われる十二平均律を外れた非平均律、そして非メトロノーム的な揺らぎを重視したリズム。新作『遊びましょう』は、まさに「独創的」という言葉がぴったりな、強烈なオリジナリティーを持った楽曲が並ぶ素晴らしい作品だ。また、彼らは音楽が総合芸術であることを深く理解し、熱心に訴えかけてもいる。それは「常識」と呼ばれる見えないルールへのレジスタンスであるとも言えるが、彼らの姿勢はあくまで軽やか。さあ、一緒に音楽で遊びましょう。

CINRA掲載URL

in_1509_bakurochoband_l.jpg

―馬喰町バンドの「ゼロから始める民族音楽」というコンセプトは、どのような経緯で生まれたものなのでしょうか?

武(Gt,六線,Vo):僕はもともとブラックミュージックが大好きで、そのルーツにあるブルースとかアフリカの黒人音楽、そしてそこから派生するワールドミュージックとかが好きになって、さらにはその奥にあるルーツを好きになっていったんです。そうすると、西洋から来た音楽を日本人である自分が同じレベルでやれるのかって、だんだん疑問に思ってきたんですよね。音楽のリズムとかグルーヴっていうのは土着的なものだから、誰に教わるでもなくできる部分があって、そこに理論とか理屈を勉強して挑んだところで限界があるというか、「なんだかなあ」って。

―なるほど。

武:だったら、自分たちにとっての誰に教わるでもなくできる音楽を作ってみようと思って、まずは日本の民謡とか新民謡と呼ばれるもののフィールドワークから始めたんです。そうしたら、日本の童歌って、大体3つとか4つのシンプルな音階でできてるんですけど、その中に自分がポップスとして聴いてきたものにはなかったメソッドがたくさんあったんですよね。

―西洋音楽の理論とは違ったと。

武:そうです。例えば、西洋音楽だと奇数拍子のビートとかは変拍子って括りになったりするけど、童歌には変拍子とかポリリズムが当たり前のように入ってる。シンプルな中に大胆な遊びや駆け引き、即興の要素が入ってて、これは面白いと。ただ、郷土芸能とか民謡とかにしても、やろうと思えば思うほど寂しくなっちゃったんです。その土地に学びに行っても、結局その土地で生まれ育った人間ではないから、やっぱり完全にインサイダーになることはできなくて、むしろアメリカのロックとかよりもさらに遠く感じちゃって。

ハブ(遊鼓,Vo):東北の芸能を東京で習おうとすると、「現地の先生をお呼びして」とか、同じ武:そう、土地が違うと「ネイティブじゃない」とか言われちゃう。郷土芸能の人同士でも、そうやって気を使い合ったりしてて、これもやっぱり僕らが当たり前のようにできる音楽とはちょっと違うのかなって。アメリカのヒップホップとかロックをやるのも、日本の郷土芸能をそのままやるのも、どちらにしろ自分たちはネイティブではないから違和感が残る。だったら、自分たちが自然と学んできたものだけで勝負しようというスタンスになって、「ゼロから始める民族音楽」というコンセプトを立てたんです。日本なのに「現地」って言葉が使われるんですよね。

―三人とも学生時代は美大に通われていたそうですね。

武:僕は絵画をやってたんですけど、音楽と絵画ってすごい遠い距離にあったんですよね。音楽を好きな人はあんまり絵を描かないし、絵が好きな人は音楽をやらない。何かを表現しようと思ったときに、最初から専業化されちゃってるものを僕たちは学んでるわけです。でも遡ってみると、音楽とか絵画とか踊りとか、「芸事」っていうのが全部煮えたぎったマグマの中にあった時代があって、僕はそこに興味があるんです。

―織田さんは大学で何をされていたんですか?

織田(Ba,Vo):僕は、走るピアノを作ったりしてました。

―走るピアノ?

織田:鍵盤がアクセルになってて、弾くと走るんです。僕も音楽と他のアートをわかりやすく融合させたくて、ベタすぎるくらいわかりやすい形にしたのが走るピアノでした。今の僕は当時よりもう少し「音楽は音楽」という考えになってるんですけど、融合させたい気持ちもまだありますね。

―ハブさんは何をしていらっしゃったんですか?

ハブ:僕は大学時代に映画を撮ってました。それと並行して音楽もやってたんですけど、インドネシアに行ったことで僕の人生が変わりましたね。卒業制作として、インドネシアの影絵芝居のドキュメンタリーを撮ったんですけど、野外の会場で実際の観客を前に芝居するのを見て、映画よりもこっちの方が豊かなんじゃないかと思ったんです。そこで僕は1回カメラを置いて、パフォーマンスをやり出して。

―インドネシアでの経験が、音楽面でも影響を与えていますか?

ハブ:インドネシアではガムラン音楽を勉強してたんですけど、それ以上に大きかったのが、アフリカの人間国宝のドゥドゥ・ニジャエ・ローズ(セネガルのパーカッション奏者)のファミリーのところに1か月間忍び込んで、サバール(セネガルの伝統的な楽器)を毎日練習していたことで。最初に武くんが言ったのと同じで、結局現地の人にはいつまで経っても追いつけない気がしたんです。パーカッションって世界中にいろんな種類があって、ブラジルのもキューバのも、全部一通りやったんですけど、「俺はいつまで追いかけ続けるんだ?」って悩んじゃって。それで自分のルーツを見つめ直そうと思って、自分で楽器を作るようになりました。でも、もともとは自作楽器って嫌いだったんですよ。あんまり汎用性ないし、ちょっと奇抜なことをやってる人に見えちゃうから。

織田:大道芸っぽい感じが出ちゃうもんね。

ハブ:そう。なので、昔から好きなロックとかを否定せず、かつアフリカやインドネシアで勉強してきたことも反映させて、何か形にできないかと模索してようやくできた楽器が、今使っている「遊鼓(ゆうこ)」なんです。そこで演奏とパフォーマンスを融合させたいと思ったから、踊りながら叩けるようにしたくて、今の形になりました。

―実際に楽曲を作る際は、どのようにゼロから自分たちの民族音楽を作っていくのでしょうか?

武:実は曲って、経験も何も必要なく作れるんです。マニアックな民族音楽についてフィールドワークをすればするほど、「こんなのあるんだ!」じゃなくて、「やっぱり、こうなんだ。知ってる知ってる」っていうことの方が多くて。例えば、ピグミー(アフリカの民族による声楽)って、ポリフォニー(多声音楽)で、何がどうなってるかわからないようなバラバラのリズムが大きなひとつの音楽になってる。それって一見日本のどこを見てもないような気がするけど、「ちょっと待てよ、知ってるぞ」と思ったんです。少年野球でベンチにいる人がチームメイトを応援するじゃないですか? あの子どもたちがバラバラに声出してるのって、ピグミーそっくりなんですよ。

―なるほどなあ。

武:子どもって、生まれながらに何でもできるんです。子どもが公園で遊びながらしゃべってるのを聞くと、ほとんどが歌なんですよね。「行くよ」じゃなくて、「行っくよー」みたいな。しかも、歌うこと、絵を描くこと、踊ることも全部一緒にやってる。でもそれが成長と共に余計な先入観によってできなくなっていってしまうんです。

―確かに、子どもは誰に教わるでもなくそういうことをやってますね。

武:僕たちの作曲の手法も、子どもたちの遊びに似てるんですよね。例えば、鬼ごっことか影踏みとか、既存の遊びをやるのは、作曲でいうスタンダードナンバーのカバーなんですよ。でも子どもたちって、既存の遊びに飽きて、独自の遊びを新しく作り出したりするじゃないですか? 作曲も同じで、新しいルールを自分たちで作っていくんです。それにみんながガチッとハマったときに、すごい脳内麻薬が出る。そういうのが一番理想的な作曲だと思うんですよね。理論とか理屈とかを抜きにして、その日生まれたルールの中でみんなのモチベーションがピークに達したとき、素晴らしいものが生まれるんだと思います。

―「民族音楽」が決して「音楽」だけではないという考えについて、もう少し聞かせていただけますか?

武:民族音楽は「音楽」と銘打たれてはいますけど、知れば知るほど音楽だけじゃないんですよね。踊りもあれば美術もあればメイクもするし、衣装も楽器も自分たちで作るのが当たり前で、場合によっては空間すら自分たちで作る。ほとんど総合芸術なんです。実際には、自分は「音楽=CDを聴くこと」みたいな感じで育ってきたわけですけど、そこで削ぎ落とされてしまうものってものすごく多いと思って。音楽をやるだけでも、絵を描くだけでも満たされないけど、「音楽=総合芸術」なわけで、民族音楽でなら100%自分の能力を発揮して、気持ちよくなれるんじゃないかと思ってるんです。

織田:僕が大学のときに走るピアノを作ったのも、ただ楽器を持って歌を歌うだけは超ださいと思って、「俺は違う価値観で音楽をやるんだ」と思ったからなんです。今もそういう違和感は残ってて、馬喰町バンドはそこのバランス感覚を共有できてるから、この人たちとなら総合芸術ができるんじゃないかって。

ハブ:今の音楽って、「これが当たり前でしょ?」っていうことが多過ぎるんですよね。

武:すごく多い。例えば、「上手いドラマーはリズムが走らない」っていうのが当たり前の価値観としてあって、自分も昔はその中で演奏してたけど、それもホントおかしい話なんですよ。日本とかアジアの音楽って、BPMに合わせて刻んでいくリズムじゃなくて、揺らぎなんですよね。なのに、なんでメトロノームを使いながら練習するかって、それは巷に流れる音楽がそういうメソッドで作られていて、それが正解だと思っちゃってるから。でも、あるときから「これって全部ウソじゃねえ?」と思って、馬喰町バンドではそういう正しいとされてることを壊していきたい。時間って一定じゃなくて、つまらないときは長く感じるし、集中してると一瞬だったりするじゃないですか? それなのに、感情を表現する音楽が「走っちゃダメ」っていうのは、おかしなことだと思うんですよ。

―武さんとハブさんが自作の楽器を使っているのも、言ってみれば、「当たり前とされていること」からの解放と言えますよね。

ハブ:昔、すごく古い国産のドラムを叩かせてもらったことがあって、それはベニヤでできてたんですけど、僕としてはすごくいい音がすると思ったんですよ。今のドラムはいい音過ぎて、逆にいい音じゃないというか、洗練され過ぎて苦しいっていうのかな。でも、技術の進歩には逆らえないから、楽器屋に行けば新しい楽器が並んでるわけですよね。もともと僕とか社会からあぶれ気味で居場所ない感じなのに......もうちょっと隙間が欲しい(笑)。

武:「音楽まで俺たちを孤独にするのか!」ってね(笑)。

織田:昔は地域にしろバンドにしろ、団体ごとに違うルールや価値観で音楽をやってたけど、そうじゃなくなっていったんですよね。みんなひとつのルールで比較されるようになっちゃって、「こっちがいい、こっちは悪い」みたいな、順位の話をするようになっちゃった。

ハブ:「私音楽できないんです」とか「歌はダメなんです」って言うのも、音楽ってそもそも職業じゃないし、変な話なんですよ。そういう人にとっては、CDを買うっていうことが音楽になってる。それってホームヘルパーに掃除をお願いして、自分ではやらないみたいな話と同じで、どんどんアウトソーシングして、自分が楽しむものではなくなってしまっているというか。

織田:自分を満たすためのものを、自分で作らないことが普通になっちゃう。それは、判断基準が一律化してるからですよね。

ハブ:小泉文夫先生(日本の民族音楽学者)が「音楽は社会を映す鏡だ」って言ってて、例えばガムランって、誰かが飛び抜けることなく、みんなが同じようなことをやって全体としてすごい演奏が生まれるんですけど、それはある意味蟻んこみたいな社会を表している。いろんな社会の中で音楽は変化していって、そこには無意識のうちに経済とか社会の構造、歴史とかが表れちゃってるんですよね。

―新作の『遊びましょう』についても訊かせてください。どんな方向性で作られた作品だと言えますか?

武:まず"許してワニ""青""鬼の子の夢"は平均律じゃないんですね。一応、音階的には西洋の音階を使ってるけど、自作楽器のチューニングが完璧には合わないんで、どうしても平均律じゃなくなるっていう。

ハブ:我々の歌もそうだしね。

武:三人でユニゾンで歌ってるからね。フロントマンっていう発想が出てきたのも20世紀に入ってからだろうね。

ハブ:サカキマンゴーさん(アフリカの楽器・親指ピアノと鹿児島の板三味線・ゴッタンの演奏家)がおっしゃってますけど、今みんなでユニゾンするのってアイドルだけなんですよね。

武:アイドルはホント総合芸術だもんね。「歌は上手い人が歌う」なんていうのも、ちゃんちゃらおかしい話なんですよ。

―1曲目の"源助さん"はどんなモチーフからできた曲なんですか?

武:浪曲、浄瑠璃、義太夫、落語とか、日本の芸能の語り物が好きなので、歌の要素と語りの要素を一緒にしたくて。岐阜県の白鳥町というところの盆踊りで歌われてる"源助さん"って民謡があるんですけど、タイトルだけそこから取って、あとは全部オリジナルです。"鬼の子の夢"は都節音階っていう、尺八とかお琴とかで演奏する音階でやってるんですけど、これも揺らぎと非平均律ですね。

―"わたしたち"では<さあさあ歌いませんか 儚いうちに わたしたちの歌い方で>と歌われていて、本作のテーマソングのような印象を受けました。

武:アジテーションとか、自分の思想を音楽にするということは普段やってないんですけど、この曲に関しては例外で、自分の思想を伝えようと思って作りました。今日お話ししたように、誰かのような歌い方でしか歌えないというのはナンセンスだっていうことを、そのまま歌にしたんです。民族音楽的に解釈すれば、「歌」の語源は「訴える」っていうところから来ているので、訴えていこうかなって。

―でも、聴いた印象としては市井の人々が呼びかけ合っているようにも聴こえて、個人を超えた歌になっていると思いました。

武:それなら成功ですね(笑)。まあ、三人で歌ってるのも大きくて、一人で歌うとどうしても特定の個人になるけど、三人で歌うことで、誰の声でもない、この世に存在しない声になるから、ある種匿名性が生まれるんですよ。

―では最後に、馬喰町バンドとして達成したいことを教えてください。

武:完全に楽典のメソッドからは外れたメソッドだけで、アルバムを1枚作りたいですね。ただ、僕らはこれをあくまでポップスとしてやってるんです。なので、アルバム通して非平均律なんだけど、アメリカのロックとかと同じくらい、今までで一番ポップな作品を作ってみたいですね。伝統芸能に入れない僕らは、大衆音楽じゃないと意味がないですから。

March 3, 2012 - interview by 金子 厚武
COPYRIGHT© HOWANIMALMOVE. All Rights Reserved.