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2015.9.1 CINRA掲載記事

子どもは誰でも作曲能力がある?馬喰町バンドが目指す無垢な音楽

音楽はどこから来て、どこへ行くのか。誰もが一度はそんな壮大なロマンを思い描いたことがあるだろう。馬喰町バンドという3人組は、そんな命題に本気で挑み続けている稀有なバンドである。「ゼロから始める民族音楽」をコンセプトに掲げ、西洋理論に基づくポップスも、世界各国のフォークロアも、日本の民謡や童歌も吸収しながら、あくまで今を生きる日本人としての民族音楽を鳴らそうとする。そのために使われるのは、遊鼓(担ぎ太鼓)や六線(弦楽器)と名付けられた自作の楽器、現代のポップスで一般的に使われる十二平均律を外れた非平均律、そして非メトロノーム的な揺らぎを重視したリズム。新作『遊びましょう』は、まさに「独創的」という言葉がぴったりな、強烈なオリジナリティーを持った楽曲が並ぶ素晴らしい作品だ。また、彼らは音楽が総合芸術であることを深く理解し、熱心に訴えかけてもいる。それは「常識」と呼ばれる見えないルールへのレジスタンスであるとも言えるが、彼らの姿勢はあくまで軽やか。さあ、一緒に音楽で遊びましょう。

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―馬喰町バンドの「ゼロから始める民族音楽」というコンセプトは、どのような経緯で生まれたものなのでしょうか?

武(Gt,六線,Vo):僕はもともとブラックミュージックが大好きで、そのルーツにあるブルースとかアフリカの黒人音楽、そしてそこから派生するワールドミュージックとかが好きになって、さらにはその奥にあるルーツを好きになっていったんです。そうすると、西洋から来た音楽を日本人である自分が同じレベルでやれるのかって、だんだん疑問に思ってきたんですよね。音楽のリズムとかグルーヴっていうのは土着的なものだから、誰に教わるでもなくできる部分があって、そこに理論とか理屈を勉強して挑んだところで限界があるというか、「なんだかなあ」って。

―なるほど。

武:だったら、自分たちにとっての誰に教わるでもなくできる音楽を作ってみようと思って、まずは日本の民謡とか新民謡と呼ばれるもののフィールドワークから始めたんです。そうしたら、日本の童歌って、大体3つとか4つのシンプルな音階でできてるんですけど、その中に自分がポップスとして聴いてきたものにはなかったメソッドがたくさんあったんですよね。

―西洋音楽の理論とは違ったと。

武:そうです。例えば、西洋音楽だと奇数拍子のビートとかは変拍子って括りになったりするけど、童歌には変拍子とかポリリズムが当たり前のように入ってる。シンプルな中に大胆な遊びや駆け引き、即興の要素が入ってて、これは面白いと。ただ、郷土芸能とか民謡とかにしても、やろうと思えば思うほど寂しくなっちゃったんです。その土地に学びに行っても、結局その土地で生まれ育った人間ではないから、やっぱり完全にインサイダーになることはできなくて、むしろアメリカのロックとかよりもさらに遠く感じちゃって。

ハブ(遊鼓,Vo):東北の芸能を東京で習おうとすると、「現地の先生をお呼びして」とか、同じ武:そう、土地が違うと「ネイティブじゃない」とか言われちゃう。郷土芸能の人同士でも、そうやって気を使い合ったりしてて、これもやっぱり僕らが当たり前のようにできる音楽とはちょっと違うのかなって。アメリカのヒップホップとかロックをやるのも、日本の郷土芸能をそのままやるのも、どちらにしろ自分たちはネイティブではないから違和感が残る。だったら、自分たちが自然と学んできたものだけで勝負しようというスタンスになって、「ゼロから始める民族音楽」というコンセプトを立てたんです。日本なのに「現地」って言葉が使われるんですよね。

―三人とも学生時代は美大に通われていたそうですね。

武:僕は絵画をやってたんですけど、音楽と絵画ってすごい遠い距離にあったんですよね。音楽を好きな人はあんまり絵を描かないし、絵が好きな人は音楽をやらない。何かを表現しようと思ったときに、最初から専業化されちゃってるものを僕たちは学んでるわけです。でも遡ってみると、音楽とか絵画とか踊りとか、「芸事」っていうのが全部煮えたぎったマグマの中にあった時代があって、僕はそこに興味があるんです。

―織田さんは大学で何をされていたんですか?

織田(Ba,Vo):僕は、走るピアノを作ったりしてました。

―走るピアノ?

織田:鍵盤がアクセルになってて、弾くと走るんです。僕も音楽と他のアートをわかりやすく融合させたくて、ベタすぎるくらいわかりやすい形にしたのが走るピアノでした。今の僕は当時よりもう少し「音楽は音楽」という考えになってるんですけど、融合させたい気持ちもまだありますね。

―ハブさんは何をしていらっしゃったんですか?

ハブ:僕は大学時代に映画を撮ってました。それと並行して音楽もやってたんですけど、インドネシアに行ったことで僕の人生が変わりましたね。卒業制作として、インドネシアの影絵芝居のドキュメンタリーを撮ったんですけど、野外の会場で実際の観客を前に芝居するのを見て、映画よりもこっちの方が豊かなんじゃないかと思ったんです。そこで僕は1回カメラを置いて、パフォーマンスをやり出して。

―インドネシアでの経験が、音楽面でも影響を与えていますか?

ハブ:インドネシアではガムラン音楽を勉強してたんですけど、それ以上に大きかったのが、アフリカの人間国宝のドゥドゥ・ニジャエ・ローズ(セネガルのパーカッション奏者)のファミリーのところに1か月間忍び込んで、サバール(セネガルの伝統的な楽器)を毎日練習していたことで。最初に武くんが言ったのと同じで、結局現地の人にはいつまで経っても追いつけない気がしたんです。パーカッションって世界中にいろんな種類があって、ブラジルのもキューバのも、全部一通りやったんですけど、「俺はいつまで追いかけ続けるんだ?」って悩んじゃって。それで自分のルーツを見つめ直そうと思って、自分で楽器を作るようになりました。でも、もともとは自作楽器って嫌いだったんですよ。あんまり汎用性ないし、ちょっと奇抜なことをやってる人に見えちゃうから。

織田:大道芸っぽい感じが出ちゃうもんね。

ハブ:そう。なので、昔から好きなロックとかを否定せず、かつアフリカやインドネシアで勉強してきたことも反映させて、何か形にできないかと模索してようやくできた楽器が、今使っている「遊鼓(ゆうこ)」なんです。そこで演奏とパフォーマンスを融合させたいと思ったから、踊りながら叩けるようにしたくて、今の形になりました。

―実際に楽曲を作る際は、どのようにゼロから自分たちの民族音楽を作っていくのでしょうか?

武:実は曲って、経験も何も必要なく作れるんです。マニアックな民族音楽についてフィールドワークをすればするほど、「こんなのあるんだ!」じゃなくて、「やっぱり、こうなんだ。知ってる知ってる」っていうことの方が多くて。例えば、ピグミー(アフリカの民族による声楽)って、ポリフォニー(多声音楽)で、何がどうなってるかわからないようなバラバラのリズムが大きなひとつの音楽になってる。それって一見日本のどこを見てもないような気がするけど、「ちょっと待てよ、知ってるぞ」と思ったんです。少年野球でベンチにいる人がチームメイトを応援するじゃないですか? あの子どもたちがバラバラに声出してるのって、ピグミーそっくりなんですよ。

―なるほどなあ。

武:子どもって、生まれながらに何でもできるんです。子どもが公園で遊びながらしゃべってるのを聞くと、ほとんどが歌なんですよね。「行くよ」じゃなくて、「行っくよー」みたいな。しかも、歌うこと、絵を描くこと、踊ることも全部一緒にやってる。でもそれが成長と共に余計な先入観によってできなくなっていってしまうんです。

―確かに、子どもは誰に教わるでもなくそういうことをやってますね。

武:僕たちの作曲の手法も、子どもたちの遊びに似てるんですよね。例えば、鬼ごっことか影踏みとか、既存の遊びをやるのは、作曲でいうスタンダードナンバーのカバーなんですよ。でも子どもたちって、既存の遊びに飽きて、独自の遊びを新しく作り出したりするじゃないですか? 作曲も同じで、新しいルールを自分たちで作っていくんです。それにみんながガチッとハマったときに、すごい脳内麻薬が出る。そういうのが一番理想的な作曲だと思うんですよね。理論とか理屈とかを抜きにして、その日生まれたルールの中でみんなのモチベーションがピークに達したとき、素晴らしいものが生まれるんだと思います。

―「民族音楽」が決して「音楽」だけではないという考えについて、もう少し聞かせていただけますか?

武:民族音楽は「音楽」と銘打たれてはいますけど、知れば知るほど音楽だけじゃないんですよね。踊りもあれば美術もあればメイクもするし、衣装も楽器も自分たちで作るのが当たり前で、場合によっては空間すら自分たちで作る。ほとんど総合芸術なんです。実際には、自分は「音楽=CDを聴くこと」みたいな感じで育ってきたわけですけど、そこで削ぎ落とされてしまうものってものすごく多いと思って。音楽をやるだけでも、絵を描くだけでも満たされないけど、「音楽=総合芸術」なわけで、民族音楽でなら100%自分の能力を発揮して、気持ちよくなれるんじゃないかと思ってるんです。

織田:僕が大学のときに走るピアノを作ったのも、ただ楽器を持って歌を歌うだけは超ださいと思って、「俺は違う価値観で音楽をやるんだ」と思ったからなんです。今もそういう違和感は残ってて、馬喰町バンドはそこのバランス感覚を共有できてるから、この人たちとなら総合芸術ができるんじゃないかって。

ハブ:今の音楽って、「これが当たり前でしょ?」っていうことが多過ぎるんですよね。

武:すごく多い。例えば、「上手いドラマーはリズムが走らない」っていうのが当たり前の価値観としてあって、自分も昔はその中で演奏してたけど、それもホントおかしい話なんですよ。日本とかアジアの音楽って、BPMに合わせて刻んでいくリズムじゃなくて、揺らぎなんですよね。なのに、なんでメトロノームを使いながら練習するかって、それは巷に流れる音楽がそういうメソッドで作られていて、それが正解だと思っちゃってるから。でも、あるときから「これって全部ウソじゃねえ?」と思って、馬喰町バンドではそういう正しいとされてることを壊していきたい。時間って一定じゃなくて、つまらないときは長く感じるし、集中してると一瞬だったりするじゃないですか? それなのに、感情を表現する音楽が「走っちゃダメ」っていうのは、おかしなことだと思うんですよ。

―武さんとハブさんが自作の楽器を使っているのも、言ってみれば、「当たり前とされていること」からの解放と言えますよね。

ハブ:昔、すごく古い国産のドラムを叩かせてもらったことがあって、それはベニヤでできてたんですけど、僕としてはすごくいい音がすると思ったんですよ。今のドラムはいい音過ぎて、逆にいい音じゃないというか、洗練され過ぎて苦しいっていうのかな。でも、技術の進歩には逆らえないから、楽器屋に行けば新しい楽器が並んでるわけですよね。もともと僕とか社会からあぶれ気味で居場所ない感じなのに......もうちょっと隙間が欲しい(笑)。

武:「音楽まで俺たちを孤独にするのか!」ってね(笑)。

織田:昔は地域にしろバンドにしろ、団体ごとに違うルールや価値観で音楽をやってたけど、そうじゃなくなっていったんですよね。みんなひとつのルールで比較されるようになっちゃって、「こっちがいい、こっちは悪い」みたいな、順位の話をするようになっちゃった。

ハブ:「私音楽できないんです」とか「歌はダメなんです」って言うのも、音楽ってそもそも職業じゃないし、変な話なんですよ。そういう人にとっては、CDを買うっていうことが音楽になってる。それってホームヘルパーに掃除をお願いして、自分ではやらないみたいな話と同じで、どんどんアウトソーシングして、自分が楽しむものではなくなってしまっているというか。

織田:自分を満たすためのものを、自分で作らないことが普通になっちゃう。それは、判断基準が一律化してるからですよね。

ハブ:小泉文夫先生(日本の民族音楽学者)が「音楽は社会を映す鏡だ」って言ってて、例えばガムランって、誰かが飛び抜けることなく、みんなが同じようなことをやって全体としてすごい演奏が生まれるんですけど、それはある意味蟻んこみたいな社会を表している。いろんな社会の中で音楽は変化していって、そこには無意識のうちに経済とか社会の構造、歴史とかが表れちゃってるんですよね。

―新作の『遊びましょう』についても訊かせてください。どんな方向性で作られた作品だと言えますか?

武:まず"許してワニ""青""鬼の子の夢"は平均律じゃないんですね。一応、音階的には西洋の音階を使ってるけど、自作楽器のチューニングが完璧には合わないんで、どうしても平均律じゃなくなるっていう。

ハブ:我々の歌もそうだしね。

武:三人でユニゾンで歌ってるからね。フロントマンっていう発想が出てきたのも20世紀に入ってからだろうね。

ハブ:サカキマンゴーさん(アフリカの楽器・親指ピアノと鹿児島の板三味線・ゴッタンの演奏家)がおっしゃってますけど、今みんなでユニゾンするのってアイドルだけなんですよね。

武:アイドルはホント総合芸術だもんね。「歌は上手い人が歌う」なんていうのも、ちゃんちゃらおかしい話なんですよ。

―1曲目の"源助さん"はどんなモチーフからできた曲なんですか?

武:浪曲、浄瑠璃、義太夫、落語とか、日本の芸能の語り物が好きなので、歌の要素と語りの要素を一緒にしたくて。岐阜県の白鳥町というところの盆踊りで歌われてる"源助さん"って民謡があるんですけど、タイトルだけそこから取って、あとは全部オリジナルです。"鬼の子の夢"は都節音階っていう、尺八とかお琴とかで演奏する音階でやってるんですけど、これも揺らぎと非平均律ですね。

―"わたしたち"では<さあさあ歌いませんか 儚いうちに わたしたちの歌い方で>と歌われていて、本作のテーマソングのような印象を受けました。

武:アジテーションとか、自分の思想を音楽にするということは普段やってないんですけど、この曲に関しては例外で、自分の思想を伝えようと思って作りました。今日お話ししたように、誰かのような歌い方でしか歌えないというのはナンセンスだっていうことを、そのまま歌にしたんです。民族音楽的に解釈すれば、「歌」の語源は「訴える」っていうところから来ているので、訴えていこうかなって。

―でも、聴いた印象としては市井の人々が呼びかけ合っているようにも聴こえて、個人を超えた歌になっていると思いました。

武:それなら成功ですね(笑)。まあ、三人で歌ってるのも大きくて、一人で歌うとどうしても特定の個人になるけど、三人で歌うことで、誰の声でもない、この世に存在しない声になるから、ある種匿名性が生まれるんですよ。

―では最後に、馬喰町バンドとして達成したいことを教えてください。

武:完全に楽典のメソッドからは外れたメソッドだけで、アルバムを1枚作りたいですね。ただ、僕らはこれをあくまでポップスとしてやってるんです。なので、アルバム通して非平均律なんだけど、アメリカのロックとかと同じくらい、今までで一番ポップな作品を作ってみたいですね。伝統芸能に入れない僕らは、大衆音楽じゃないと意味がないですから。

March 3, 2012 - interview by 金子 厚武
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