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2015.9.16 CD Journal Web掲載記事

自分たちが一番気持ちのいいやり方

自分たちが一番気持ちのいいやり方ーー馬喰町バンド4thアルバム「遊びましょう」

2007年に結成され、2010年からはギターの武 徹太郎、ベースの織田洋介、パーカッションのハブヒロシという現在の編成で活動を続けている馬喰町バンド。わらべ歌や民謡も含む独自のレパートリーをアコースティック・アンサンブルによって聴かせる彼らの4作目『遊びましょう』が目を見張るほどに素晴らしい。汎アジア的なトラッド / フォルクローレの世界を過去誰もやったことのないやり方で実現してしまったこの作品を聴き、まったく新しい民族音楽が突然目の前に現れてしまったような感動を覚えるのは僕だけではないだろう。
 また、前作『ゆりかご』からハブは"遊鼓"というオリジナルの打楽器を導入していたが、今回は武も"六線"という独自の弦楽器を開発。それら風変わりな楽器を使って彼らが奏でるのは、西洋音楽を前提としたポップ・ミュージックの制約に囚われることのない、スリリングで前代未聞の日本のトラッド・ポップである。バンド史上最高傑作とも言えるアルバムを作り上げた馬喰町バンドの3人に話を聞いた。

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――今回のアルバムの制作に入るにあたって、3人のなかで共有していたヴィジョンやテーマはあったんですか。

武 徹太郎(以下 武):前作から"遊鼓"という自作打楽器でやるようになったんですけど、その段階から決まったビートを刻むことから離れて、呼吸とか間合いを重視してリズム体系を組み立てていこうということになったんですね。
今回はさらに平均律(註: オクターブを等分した音律)に対しても違和感を感じるようになってたので、その制約も取っ払いたくなった。
僕自身、六線というフレットレスの三味線みたいな楽器を作ったところだったし、ギターを使うにしても西洋的な調性をどうやって越えていくかということを考えていました。そうやって制約をできるかぎり取っ払ったところで作りたいというのと、自分たちが作っているものはあくまでもポップ・ミュージックだと思っているので、聴きやすいものを作りたいと

――そもそも六線ってどういう楽器なんですか?

武:三味線ってボディーが和太鼓でできていて、そこに棹を通してるんですけど、六線もボディが桶太鼓で、フレットのない棹を通してるんです。
三味線って中国の楽器が江戸に流れ着いて、それを江戸の人たちが創意工夫してできたって言われますけど、もしも同じころにウードやリュートみたいな楽器が江戸に入っていたら、江戸っ子は六本の弦で新しい弦楽器を作っていたんじゃないかと思うんですね。しかも一番安価な桶太鼓を使ってたんじゃないかという仮説から、僕も桶から作りまして

――えっ、桶から作ったんですか。

武:そうそう。そこにアフリカのヤギの皮を貼って。(SHUREの)57のBETA(というマイク)を中に入れてるので、音も結構出るんです。ただ、音はいいんですけど、打楽器の音の渦の中だと埋もれてしまう。ということで、今の六線のエレキ版を作ってます

――電化六線!

武:結構エグイ音が出るんですよ(笑)。次のアルバムでは使うかも

――そうやって既存のリズムや音律から自由になるというのが今の馬喰町バンドの課題?

武:自分たちが聴いてきたポップ・ミュージックの語法に対する違和感からそういうことをやってるわけじゃないんですけど、自分たちがやりやすいようにやっていたらこうなってしまった。
以前、インドの伝統音楽家と話したことがあって、インドでは基本的にラーガに基づいた即興音楽をやるんですね。そのうえ彼らは季節や時間帯によって使う音階も異なるんです。音楽は時間芸術だし、時間も一定じゃないと思うんですけど、そこに一定のリズムを刻んでいくことに不自然さを感じるようになったんですね。インドの伝統音楽家のほうが自然というか

――なるほど。

武:たとえばBPM120なら120、440kHzなら440kHzの音楽を人工的にコントロールすることは簡単なわけですけど、そのフォーマットの中だけでやってると自分たちは気持ちよくなれない。自分たちの呼吸やタイミングに合った"本当のテンポ"というものがあると思うんですね。テンポがそれだけ揺れるのであれば、音程も必ずしも決まった音程にこだわる必要もなくて、自分たちが気持ちよくなれる音程があるんじゃないかって。民族音楽を聴いていると、そういうものってたくさんあるじゃないですか

――そのなかでだんだん既存のコードやリズムが窮屈になってきた、と。

武:そうですね。それだけだと表現しきれなくなってきてる。もちろんコードやリズムのなかで気持よくできるのであれば何も変える必要はなかったんですけど

ハブヒロシ(以下 ハブ):みんなドラマーとか打楽器奏者に対して厳しいじゃないですか。"あいつ、(テンポが)走ってるぞ"とかすぐ言うでしょ(笑)

武:気持ちのいい走り方と気持ちのよくない走り方もありますけど、何をもって"走ってる"とするかですよね

織田洋介(以下 織田):馬喰町バンドの場合、リズムの入り口と出口が合っていればオッケーという曲もあって。
彼(ハブ)の場合は意図的にそのなかをかき混ぜてくる傾向がある(笑)。彼のリズムを頼りに演奏すると崩壊しちゃうんだけど、演奏しているとそこにおもしろさがあるんですよね

武:韓国の伝統打楽器奏者の演奏を聴いていても思うんですけど、各国の民族音楽って意図的にテンポが速くなっていくものが多いんですよ。ガーッと時間軸を圧縮していく。それは"走ってる"というものとはちょっと違うんですね

――そうやって各国の民族音楽のミュージシャンと競演することで得られた感覚が現在の馬喰町バンドの演奏スタイルには反映されてるわけですね。

武:うん、それはすごくありますね。海外の民族音楽家とセッションすると、通常のギターの弾き方じゃ追いつかないんですよ。ピアノにしてもギターにしても"万能の楽器"みたいに言われますけど、全然そんなことない。沖縄の民謡の人とやっても、江戸囃子とやってもギターじゃ対応できないんです

ハブ:既存の楽器って洗練されてるものばかりで、隙間がないんですよね。自分で"こうしたい"と思ってもなかなかできない。僕らみたいな溢れ者にとってみては息苦しくて仕方ないんです。音楽なんてもともとは溢れ者がやってたものなのに(笑)

武:楽器そのものには無限の可能性があるのに、それを狭めちゃってる気がするんですよね。人間ってそもそもものすごく微妙な音階やリズムの変化に対応できるものだと思うんですけど、楽器がそれに対応できていないというか

ハブ:優秀な人たちはちゃんとできるんですよ、既存の楽器でも。僕らみたいにできない人たちはどうするか?というところでこうなっちゃってる

――でも、普通のミュージシャンからしたら六線にしても遊鼓にしても不自由で仕方ない楽器ですよね。

武:そうそう、弾きづらくて仕方ないんですよ(笑)

ハブ:遊鼓なんかちょっとでも湿ったら音が出ないし(笑)。民族楽器って、太鼓なのに全然鳴らないものが結構あるじゃないですか。シケせん(註: 湿気った煎餅)みたいな楽器というか(笑)

――あるある。沖縄のパーランクとか。

ハブ:そっちのほうが好きなんですよ。昔のアフリカの楽器なんかもそう。ベコベコの太鼓を叩いていたのに、だんだんハイファイな音になってきてる。今じゃジャンベもキンキンな音になってますよね

武:和太鼓もそう。パンパンに貼った締め太鼓だからメチャクチャ鳴るんですよね。それを手数と音圧で攻めるか盛り上がるんだけど、家に帰ると全然音が記憶に残ってない

ハブ:馬喰町バンドはシケせん派なんです(笑)。それが電子楽器には出せない生楽器の特性だと思うんですよね

――今回のニュー・アルバム『遊びましょう』についてなんですが、音の空間や説得力が前作と段違いな感じがするんですよね。ひとつひとつの音がすごく豊かになっている。

織田:前回と同じヤマピー(山本尚弘)っていうエンジニアにやってもらったんですけど、彼自体の解釈力がアップしてて。
前回はヤマピーとの認識の違いを摺り合わせる作業が多かったんですけど、今回はベコベコの音でもそのまま録ってくれて。
あと、前のアルバムでは防音設備のあるスタジオや公民館で録ったんですけど、今回は八ヶ岳にあるただの小屋で録ったんですよ。そこも影響してるかも

武:前作と今作の間にとある映画の音楽をやったんですけど、それもヤマピーが録ってくれたんですね。そのレコーディングで劇的に音が変わったという感覚はありますね。一発録りの方法論がそこで確立できた感じがあったし、すごく手応えがあった。それを踏まえての今回のレコーディングだったんです

――収録曲についても触れたいんですけど、1曲目の「源助さん」は 岐阜県郡上市白鳥町の盆踊り"白鳥おどり"で歌われている同名曲をモチーフにしてるんですよね。

武:大好きなんですよ、この曲が。家でも三味線を弾きながら歌うぐらい大好きなんですけど、あまりに好きすぎて曲にしちゃったんです

――「いだごろ」も民謡だそうですけど、どこの歌?

武:これは(宮崎県東臼杵郡)椎葉村の歌で、向こうに行ったときに知ったんです。椎葉村ってすごくたくさんの歌が歌われている場所なんですけど、向こうの民謡の人でもこの歌を知ってる人はいなかった。
僕はたまたまおじいちゃんがアカペラで歌ってる昔の音源を耳にして、それで自分たちでもやってみようと。"いだごろ"っていうのは魚の名前から取られたという説と、"いいだごろう"という男から取られたという説があるんですけど、歌詞からすると完全に魚の歌ですね

――あとはオリジナル?

武:そうですね

――なかでも「わたしたち」なんて本当に名曲だと思うんですよ。馬喰町バンドにここまでメッセージ性というか、強い言葉の歌ってあまりなかった印象があって。"さあさ語りませんか、間に合うように、私たちの語り方で"とか、なんだかグッときちゃって。

武:アジテーションというか、自分たちの思想や感情を訴える歌って馬喰町バンドでは避けてきたんですよ。
そういうものじゃなくて、民謡やわらべ歌みたいに個人を越えてみんなで歌える歌をやっていこうと。でも、突き詰めていくと自分たちのなかに言いたいことはやっぱりあるし、そこを避けられなくなってきた。それで、自分のなかにあるものを直接的な言葉で歌にしたのがこの曲なんです

――なるほど。

武:僕としては、トラディショナルなものを志すとだんだん孤独になっていっちゃうような感覚があるんですよ。日本を含めどの国にも豊かな音楽があるけど、突き詰めれば突き詰めるほどそこに自分たちの居場所がないということも分かってくる。"じゃあ、自分たちが一番気持ちのいいやり方で音を出そう"というのが馬喰町バンドの原点なんですね

――今回のアルバムって今まで以上にオリジナルとカヴァーの間に差がないですよね。「鬼の子の夢」なんかも最初どこかの土地のわらべ歌かと思ったぐらいで。

ハブ:確かに。今までは少し差がありましたもんね

武:地方のライヴ後の打ち上げでは即興でラップ・バトルなんかもやってるんですよ(笑)。ああいうとき、ネタがなくなってくると即興で民謡を歌うんですね。韓国の人たちも本当によく歌を歌うんですけど、こちらとしては負けるわけにいかないから、やっぱり即興で歌う。そうやって即興で歌えないと海外の人たちとは勝負できないんですよ

――それがたとえ打ち上げの場だとしても(笑)。

武:そうそう。そういうことを遊びのなかで学ぶ機会が多くて、そのなかで既存の歌と即興で作った歌の境目がだんだんなくなってきちゃったのかも

――今回のアルバムって今まで以上に風通しがいい気がするんですよ。これまでは3人だけで作り上げてきた世界に基づいた作品だったけど、今回は海外の人たちも含むいろんな人たちと演奏してきたことが反映されてるから、世界観がすごく広くて豊かなんだと思う。

ハブ:無意識のうちに反映されてるものがあるのかもしれませんね。成長した部分もあると思うし、韓国のミュージシャンだったり邦楽の人だったり、感覚が似たミュージシャンがだんだん集まってきて、一種のコミュニティーみたいなものができつつある気がする。めざしてる方向性が一緒だったり、同じものを共有できる人たちが増えてきてるというか

――ところで、『遊びましょう』というアルバム・タイトルはどうやって決まったんですか。

武:僕、(平安時代の今様歌謡集である)『梁塵秘抄』の一節にある"遊びをせんとや生まれけん"というフレーズが大好きで。"遊びをしないと何も生まれてこない"と思っている僕としては本当にその通りだと思うんですね。今回のアルバムもそのまま『遊びをせんとや生まれけん』というタイトルにしたいぐらいだったんですけど、現代的に『遊びましょう』というタイトルにしようと

――こうして新作が完成したわけですけど、できあがってみてどうですか。

ハブ:今までのアルバムのなかで一番力が抜けてる気がしますね

武:レコーディングも一気にやっちゃったので、そんなに時間かけてないんです。力んでもいないですしね。最初のアルバムのころの力み方なんて凄かったですよ(笑)。
それがだんだん楽になってきてる。いろんな制約を取っ払ってやることによって時間がかかるんじゃないかとも思ってたんですよ。コードやBPMに頼ったほうが楽なわけで、もっと苦戦するかと思ってた。でも、今のところはより自由かつ楽しくやれるようになってますね

――六線の電化ヴァージョンも作ったことだし、次のアルバムへのアイデアも出てきてるんじゃないですか。

織田:音だけで表現するものじゃなくてもいいような気はしてます。映像と一緒だったり、そういうものも作りたい

武:僕はすぐにでも作りたいんですよ。それこそもうコードを使わなくてもいいと思ってるし。でも、自分たちがやってるのは広い意味でのポップ・ミュージックだと思ってるので、大衆性は失いたくない。芸術性を追求して難解なものを作りたいとは思わないんです

September 17, 2015 - interview by 大石 始

2015.9.3 OTOTOY掲載記事

馬喰町バンド新作ハイレゾ・リリース記念対談!

ポップ・ミュージックと伝統音楽の距離感 : 武徹太郎(馬喰町バンド) x 川村亘平斎(滞空時間)ーー馬喰町バンド新作ハイレゾ・リリース記念対談!

わらべうたや民謡、踊り念仏などこの国の人々、土地でかつて生まれた"大衆のうた"を掘り起こし、その記憶を帯びた感覚で現代の"大衆のうた"作り出す。その音の向こう側には世界中の、アフリカのブルースや、アイリッシュ・トラッドなど各地の"大衆のうた"を見出してしまうことすらある。このたびリリースされた馬喰町バンド4作目のアルバム『遊びましょう』は、まさにそうした彼らの音楽性が結実したアルバムだ。これまでもそのトレードマークでもあった自作担ぎ太鼓「遊鼓」、今作から加わった三味線の構造をもつフレットレス・ギター「六線」を駆使し、「ゼロから始める民俗音楽」をまさに地でいく作品と言えるだろう。OTOTOYでは本作を24bit/48kHzのハイレゾで独占配信。この類まれな音楽集団を掘り下げるべく、馬喰町バンドの武徹太郎を招きつつ、今回はもうひとり民俗音楽とポップ・ミュージックの間を行き来する音楽集団からもうひとり才人を迎え、特別対談を敢行した。

OTOTOY掲載URL

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自分語ではじめるじゃないですか、あんなの普通の人できないですよ

ーー何回か共演してると聞いたのですが、初めにお会いしたのはいつですか?

武徹太郎(以下、武) : 滞空時間が、バリとマレーシア公演なんかのドキュメンタリー・ビデオ(『[ONE GONG] ~South East Asia Tour 2012~』)を撮ったじゃないですか。それを逗子の〈CINEMA AMIGO〉で上映してることを神田亜紀さんという方に誘っていただいて、観に行ったのが最初ですね。僕はそのときはじめて滞空時間のことも知って。たしかその映画の公開のときのトーク・ショーを聴いて(辻)圭介さんと徳久(ウィリアムス)さんと3人でやってるその喋りが面白いなという印象があって(辻、徳久ともどちらも滞空時間メンバー)。


川村亘平斎(以下、川村) : その後、馬喰町のイベントに2回出させてもらってますよね。

武 : いや、1回は僕たちが主催する〈馬喰町音楽会〉っていうイベントに出てもらったんですけど、もう1回は〈Super Deluxe〉でやった、キリンビール協賛についた〈NIPPONIA 2013〉というイベントでご一緒させていただいたんですけど。だから僕はライヴよりも先にトーク・ショーだったんで、音楽というより、面白い話をする人だなって。

ーー喋りがおもしろい人(笑)。

武 : いまだにその時話してた話は覚えてますからね。ただバリのディープなところに行くだけじゃなくて、かみ砕いておもしろく話をしていて、それから「すげーな、どんな音楽やるんだろう」と思いました。その後、滞空時間を観たのは、〈曼荼羅2〉で、たしかバリのミュージシャン呼んだとき......。

川村 : あーマレーシアの人ですね(カムルル・フシン)。

武 : そこで滞空時間のライヴをやっていて、めちゃんこ狭いのにお客さんが100人以上も来てきっつきつのところで。あれはすごかったですね。大石始さんも来ていて「とんでもないな」って。

川村 : 馬喰町バンドはとにかく演奏がうまいんですよ。僕は本当ガムランくらいしかできないんで、うまくていいなあと。

武 : そんなこと思ってたんですか(笑)。そんな、ライヴではとにかく世界を壊してる感じじゃないですか。最初にライヴ観たとき、パンパンのお客さんの後ろから出てきて「わちゃわちゃわちゃーー!!」とか言って自分語ではじめるじゃないですか、あんなの普通の人できないですよ。

一同 : 笑。

川村 : いや、逆にあれしかできない(笑)。

武 : 全部自分語だし、日本でポップスとかバンドとかやってる人って楽器屋で楽器 買うところからはじめる人が殆どだと思うんですけど、そういうところではなかなか生まれてこないですよね。

川村 : いや、僕も中学のときはヤマハのフォーク・ギター買いましたよ。

武 : フォークなんですか(笑)。なんかメタル好きって言ってませんでしたっけ?

川村 : 違う違う(笑)。それは滞空時間の他のメンバーがみんなメタル好きだけど、僕とAYAさんだけメタルを通ってないという話で。

武 : あ、そうなんですね。なんだ。

川村 : なんだって(笑)。

武 : 馬喰町バンドはみんなメタル通ってますよ。

川村 : なんか馬喰町バンドはそういう技巧的なところあるんですよ。

武 : いや、技巧的なとこなんてないですないです(笑)。そんな風に思ってたんですか...。

川村 : いやありますよ! 今日は武くんとの対談だからたぶん共通点とか聞かれるのかなと思って。逆に、何が違うのかなと考えたときに、やっぱり武くんはギターが弾ける。でも僕は打楽器だから出発点がまず違うんです。だから作曲のフォームも違うし、音楽を見てる立ち位置も違うと思う。

武 : なんか身体性がすごい強いですよね。亘平さんの音楽って。

川村 : でもそれは打楽器奏者というのが大きいと思う。弦楽器の人って、もっと自分の見える範囲で歌うということに集中するというか。僕はどっちかっていうと、全体を聴くというか、アンサンブルに対して集中するというか。

武 : でもほかに打楽器奏者見ても「ああ亘平さんみたいだな」って思う人いないですよ。

川村 : いっぱい居ても困りますよ(笑)。

「表現したい」ということは誰かとリンクしないと表現にならないから

ーーふたつのバンドの共通点はある種ルーツミュージック的なところと今のポップスとつなげる存在っていうことだとは思うんですけど。要はだた伝統音楽の今やることではなくていろんな要素を集めて自分たちの表現をしていくこと、お互いの音楽を見て、そういう視点かなと。

川村 : 武くんのそういうのは気になりますね。

武 : 僕はポップスを「大衆音楽」と捉えていて。フィールドワークしたりして音楽の根源っていうのは知りたいなって思ってます。だけど博物館に入れるようなものを作ってもしょうがないなって思っていて。もっと本質みたいな意味で言ったら「ネイティヴなそのままのかたち」というものを追求していったらいくらでもあると思うんですけど、それは別に自分がやらなくてもいいかなと。研究の対象になるような地域性の強いものをやろうとは思っていなくて。ポップスという意味で言ったら、今自分たちと同じ様な世代の人が聴いて、抵抗なく入ってくるものが作りたいです。そういう意味ではポップスというフィールドがいいなって思っています。

川村 : 「ポップスをやっている」っていう意識があるってこと?

武 : そうですね。

川村 : 僕ないからな...。

一同 : はははは(笑)。

川村 : 伝統的というかいま出た博物館的なものとポップスが対比されるんだとしたら、どこに表現のポイントを打つかという話だと思うんですけど。武くんはだいぶポップス寄りなんだと自覚はしているとしたら、僕はもうちょい伝統音楽かな。むしろ伝統音楽に埋もれてみたいんだけど、そうすると表現者としての欲求が満たされなくなるんですよ。「表現したい」ということは誰かとリンクしないと表現にならないから、そこで現代の人に向けて、そして博物館的なものなかでなにがヒットするのか、その間をとるというか。そこがポップの瞬間っていうか。それぞれの地域音楽をいっぱいこれまでも見てきたけど、値域音楽ってやっぱり地域の人にしかヒットしないんですよ。でも、むしろしなくていいんだと僕は思っていて。だけど僕はそれを学んじゃったから、日本に持って帰ってきて、じゃあ自分は日本人だから日本人の好きな音楽とそういうものを無理なくくっつけられるところを探そうと。

武 : 滞空時間の音楽を見ても、土着の地域性の強いものを、その距離を越えて持ってきている感じは、そういうことできるんだなって思いました。

川村 : あんまりかっこい言葉じゃないんですが、それを「グローカル」っていうか...。でも、そういうビジョンみたいなものを、20世紀の最後に自分で見つけなきゃって思って僕はバリに行ったんですよ。もうアカデミックにやるだけじゃ説明できないことがずっとあって、それをアカデミックで説明できてるってみんなが一瞬思ったんだけど「やっぱ違くない?」て思ってたサイドの人なんです。やっぱり、限られた地域のところに行って、その中で全員が理解できること、本当はそのエリアの人しかわからないはずなのに、それによって60億人が理解するなにかがあるとしたら、それを探したらいいんじゃないのって。まぁ「グローカル」なんですけどね(笑)。「グローカル」という名前をつけちゃったらもう商品なので。僕は商品にしないものが自分の中にあるし。

「生まれつきやっているんだけど、あるときにやめちゃうもの」

ーーでも音楽ということで言えばやっぱり商品にもなりうるというのは承知の上でというのがあると思うので、どこにポイントを打つのか、そのせめぎ合いですよね。

川村 : そうですそうです。だからグローカルっていうムーヴメント自体は否定しないです。自分もその中にかなりどっぷりいるはずだから。

ーーそこの部分のせめぎ合いっていうのが、さっき言っていたポップ・ミュージックっていうものの捉え方になってくるのかなと思うんですけども。馬喰町バンドがわらべうたや伝統音楽みたいなものをひとつの起点として、自分たちの音楽をやるきっかけっていうのはどうなんですか?

武 : とんでもないものとか、超越的なものとか、すさまじいものとか、知りたいじゃないですか。だから、色々調べたりフィールドワークしたりするけれど、でも自分が感動するものは未知のものじゃないことが圧倒的に多くて。「あ、やっぱりこうなんだ」っていう、ファースト・コンタクトなんだけど昔から自分の中にあったものに感動することがすごくあって。「これ知らない」って感じてあんまり感動できなくて、むしろ昔から知っていった「やっぱりな」という気持ちに感動するんですよね。音楽もそうなんです。誰にも教えられなくても最初からできることが人間にはたくさんあるような気がしていて。例えば子供って絵描くの好きだけど、「うまくかけない」とか「うまく褒められない」とかなにかのタイミングでやめちゃう人が圧倒的に多いと思うんですよ。俺は音楽もそういうことろがすごく好きで。覚えて学んで形にするものよりも、生まれつきやっているんだけどやめちゃうっていう種類の音楽が人間にはあると思って。もともとわらべうたにはそういうヒントがあると思ってやりはじめたんですけど、今はむしろ別にやらなくてもいいかなって思ってます。子供はわらべうたなんか歌わないですよね。

ーー今の子供はですか? たしかに。

武 : 今はというより、昔から子供は作られた歌なんか歌う必要があんまりないな、と。公園とかで野球やってるようないまの子供を観察するみたいなこともしたんですけど、まず子供って話し言葉が大体全部歌なんですよね。喋ってるほうが少ない。例えば「いっくぞー!」とか、全部歌なんですよ。もともとすごく全部が歌なのに、なにかのタイミングでこれができなくなっちゃうんだなあって。でも、ものすごい地域性の強い音楽の中にはそういうリミッターがないっていうものが多いなって思っていて。

川村 : 確かにね。

武 : もともとスッと体に馴染んで歌い続けるみたいなものが、残ったまま大人になった人たちがめちゃくちゃ多いから。

川村 : それと、自分の中のポップスっていうのはどういう線引きなの?

武 : 僕もだからポップスよりそういうものの方が好きです。研究者の人と話してるほうが、実際すごく楽しかったりもするし。

川村 : やっぱり「ポップ化される」っていうのは大人の意思がないと、ならない。

武 : そうなんですよね。ポップスはやっぱり影響力を人に与えることに価値を見出してお金に変えていこうっていう音楽だから。人々にリンクして。でも、地域性の強いものって人に影響を与えようとかいうものとは違いますから。もともとみんな解き放たれてるところからはじまるから、その必要がないのかなって。でも僕はどこにいってもアウトサイダーだからその中には入れない。

川村 : まあ、結局ね、僕もそうだから...。

武 : フィールドワークで、個人としては親友みたいに仲良くなることはできるんですけど。例えば「結局日本人のお前がここで韓国の太鼓叩いてるんだ」っていうのがあるから、どこまでいってもネイティヴの人にはなれない。21世紀まで生き続けているってことは、みんながなんらかのネイティヴであることには間違いないんですけどね。ただ、アウトサイダーは伝統の中にどっぷり入れないのでさみしくなっちゃうんですよ、仲良くなれば仲良くなるほど。だから、自分がポップスというフィールドにいるとは思わないですけど、結局それを選んでいる気がしますね。

川村 : それが武くんのフィールドだもんね。武くんのネイティヴ。

武 : 僕のネイティヴですね。

川村 : 武くんの言う「自分は"外人"だな」と思うのはどこにいっても思うことだと思うんですよ。"外人"にしか見えないものがあるというのはすごく強く思うんですよ。特に最近、東北で南相馬の人たちとその地域に残っている物語を影絵にするっていう企画をやったんですけど、その地域の人たちがほとんど忘れてしまっているような物語をたまたま見つけて影絵にしたら、「こんな話知らなくて、これは川村さんがいなかったら見つけられなかったよ」なんて話をされたんですよ。それは"外人"でいることの特権というか、"外人"しか気づかないこと。その分かなり孤独ではあるんだけど、そういうことでひとつのコミュニティーにアプローチはできるんだなとすごい思って。それはバリでもそう。ポップスの話に戻すと、バリのいまのメインストリームに対して、自分の異端が入ってメインストリームが少し変わるっていう。それが10年後とかに効いてきたりする気がしていて。だから(武君が)韓国にいったこととか、韓国の人たちの何年か先とかになにか影響があるんじゃないかなって僕とかは思う。わりとのんびりしているんで(笑)。

譜面上の感覚でいったらどこで気持ちよくなったらいいのか一見わからない。

ーーさまざまな地域性があるとはいえ、実は全部繋がってますよね。それこそ日本国内だって旅の芸人さんがいたり、海からだっていろんな人が入ってきてそれとともに"芸"が伝来したり。それが地域のものに入り込んで、数百年単位でそこの地域のものになる。しかも絶えず、そうした要素が入ってくる。まさにこうしたものの伝統芸能の成り立ちじゃないかと。伝統文化っていきなり生まれた全く不変のものではなく、絶えずゆっくり形を変えていると思うので。だからこそオリジナルなものになるというか。"不変の伝統"というものよりも"変化"が伝統を作るというか、そういう意味ではお二方のやってるスタイルって逆に、いままで残っている伝統文化ができた本来の"経過"に近いのかなと。ひとつ今回の馬喰町バンドを聞いていて思ったことがあって、今回の作品、コントラバスが入ってるじゃないですか。そして滞空時間にはベースがいるっていうのは特徴的だと思うんですけど、あの低音の力っていうのは以外と20世紀的なもので、それが入ることによって両方ともポップの強度みたいなのが増しているような気がして。

川村 : ある種の聴きやすさみたいなのはあると思います。

武 : そう、低音が入ることによって、パッケージング感はすごく出るっていうか。聴き やすさみたいな。ただ 低音ってほん とに支配力がすごいから、感覚の無い人が弾いているとちょっと不自由になるんですよ。やっぱ、民謡とか民族音楽の真骨頂のひとつって即興性だと思うんですよ。今は日本の民謡の歌手で即興歌える人ってすごい少ないと思うんですけど。その、ベースが入ることによって即興性ってすごい限定されちゃうんで。

川村 : あー、あるかもね。

武 : ただ、いろんなプレイヤーがいるとは思いますが。ベース使うって難しいですね。日本の歌の旋律楽器であんなに低音が入っているのってないし。太鼓と歌とか。三味線の世界観じゃあんな低音絶対ないし。

川村 : ああいうふうにアンプされないしね。ベースがバンドで聞こえるっていうのは、要はアンプがあるってことなんですよね。PAされてない限り、ベースっていうのはああいう活躍は絶対してこなかったっていう歴史があるから、最近の音楽しかベースが聴こえないというか。でもガムラン的にはゴングとか、低音のベースラインの楽器がもともとあるから、低音があるっていうのは自分にとってはナチュラルなんだけどね。でもAYAさんにもよく言うんだけど「とにかく曖昧な音出してくれ」と。譜面じゃ説明できないもんね。

武 : そうですね。馬喰町バンドもコントラバスはフレッドレス、AYAさんもフレットレス・ベース使ってるけど、やっぱフレットレスって大きいんですよね。コントラバスってクラッシック的とか西洋的とか言われるけど、実は結構西洋のヴァイオリンとかヴィオラとかチェロとかって微分音使い分けてるんですよ。でも西洋の楽器が日本に来て、フレットが打たれちゃったりとかするとその微分音がなくなっちゃって、フレットレス使ってるのに平均律でやってたりとか多いけど。でも滞空時間のあの曖昧な感じは素晴らしくうまく使いこなしてますよね。まず全てが曖昧だし。

川村 : ははは(笑)。

武 : だって、それこそジミ・ヘンドリクスの音楽とか中学生の時に初めて聴いた時とか「どこに調性があるんだ、どこで気持ちよくなればいいんだ」って戸惑うじゃないですか。ガムランはそうじゃないけど滞空時間のあの混沌とした感じって、ぱっと聴きみんながどこで気持ちよくなればいいんだろうとか、どこが芯になってやってんだろうっていうのが無い中で、全くみんなが迷わず突き進んでいくじゃないですか。韓国のシナウィっていう器楽曲の即興音楽とかも、歌があって歌に対して4つぐらいの楽器が即興で全部やるんですけど、バラバラなんですよ全部。調性はどこにあるんだろうって考えたら、他の呼吸感とかエネルギー感とかそういうころではみんなぴったり合っていて。でも音程とかピッチとか、譜面上の感覚でいったらどこで気持ちよくなったらいいのかわ一見わからない。僕はそういうのがすごい好きで、好きでっていうか本来そういうものだと思うんですけど。

川村 : 馬喰町バンドはそういうタイム感でやってるの?

武 : そうですね、意識してますね。やっぱりBPMとか、「刻む」って感覚はまず一番最初にやめて、なるべく刻まないっていうか、ここからここまでいくのに「俺はこうやって、お前はこうやって、でも大雑把に合ってればいいじゃん」っていう演奏をまずするようになって。今回のアルバムからは、新しい「六線」って楽器を使ったことで全部フレットレスになったんですよ。だって「ドからレの音にいくまでに2個の音しかない』ってのは絶対おかしいし、無限の可能性があるわけだから。リズムもそうだし、音の高さも音程もそうだし。で、だからあえてポップスの方がいいなって俺は思ってて。そういう微分音を使うっていうのは当たり前にどこの民族音楽にもあることで、日本の三味線とか沖縄の歌とかだってものすごい微妙な音程とかを使い分けてるじゃないですか。ただ、ポップスとか楽器屋で買った楽器だとできなくなっちゃうんですよね。太鼓もそうだし、弦楽器もそうで、ギターでは追えない音っていうのがすごく多いから作らざるを得ないっていうか。別に自作集団になりたいわけじゃないですんですけどね(笑)。

川村 : まあ結果的に六線の響きと、行ってた韓国の影響もあってか、アルバム全体が「まゆーん」としたノリになってますよね(笑)。韓国の人たちって大きく3つでノるじゃないですか。日本の人たちよりも大陸的というか、腰で乗ってきたりすると思うんですけど。そういうニュアンスがアルバムの中には結構入ってるなって感じました。

武 : そうですね。もうそこは全然意識してなくて楽器の特性上そうなっちゃった。打楽器も2個の音しか出ないし。厳密に言えば、2種類の1個の音って、音程一緒だからね。そうならざるを得ないんですけど。

「ここは自分の居場所じゃないな」って思いながらどうしようかなって思ってて。

ーーちょっとアルバムの話をしようかなと思っているんですけど、こうへいさんのご感想をお聞きしたいなと。

川村 : あ、今言っちゃいました(笑)。あ、でも「わたしたち」ってすごくいい曲っすね。僕これ作れないなって。変拍子なんですけどメロディーがストレートというかかなり爽やかな感じだから、そのアンバランスさが好きですね。

ーーいや、今日はかなりディープなところまで話がきましたね。

武 : 亘平さんがすごいと僕が思うところは、あの影絵、手を使ってなにかを作るというのがパフォーマンスと同居してるとこです。

川村 : 誰もやってくんないからやってるんだけどね(笑)。

武 : もともと僕、美術やっていながら「ここは自分の居場所じゃないな」って思ってて、それで音楽やってたら「ここは自分の居場所じゃないな」って思いながらどうしようかなって思ってて。

川村 : 武くんはすごい真面目なんです(笑)。

武 : あらゆる意味で、真面目ですよほんとに。

川村 : 僕なんかは、日本とバリでいうなら、日本があってバリがあってそのちょうど境目が絶対あるでしょ。その境目で「おおおおおお!」っていうのが好きなんですよ。常にその境目をいつも探すようにしてます。作るのと、やるのと、音楽の境目があるでしょ、その境目で「おおおおおお!」って言いたい。そこで「すげえ高いとこ来ちゃったけどどうしよう」みたいな(笑)。

September 17, 2015 - interview by 河村 祐介
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