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2016.11.9 OTOTOY掲載記事

ラップをフィーチャーするなど急激な変化を経た、馬喰町バンドの驚きの新作、その進化に迫る

わらべうたや民謡、その要素を現代のポップ・ミュージックに溶解させオリジナリティ溢れるサウンドを生み出し続けているトリオ、馬喰町バンド。前作『遊びましょう』から約1年ほどで、新たに新作『あみこねあほい』をリリースした。なんとラップを取り入れるなど、サウンドをガラッと変えながらも、彼らしか作り出せない刺激的なアンサンブルをここでも導き出した。OTOTOYでは本作をハイレゾ配信するとともに、気鋭の音楽ライター、大石始によるインタヴューを敢行した。

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"ゼロから始める民俗音楽"をコンセプトとし、わらべうたや民謡のフィーリングを採り入れた独自のアコースティック・アンサンブルを聴かせてきた3人組、馬喰町バンド。約1年ぶりの新作『あみこねあほい』は、ラップや新たなる自作楽器を大幅に導入した意欲作。ある意味では孤高の存在として独自の道を突き進んできた彼らが現代のシーンと思いもよらぬ形でリンクしたアルバムとも言えるだろう。急激な進化を遂げた新作の内容について、フレットレスの自作弦楽器である六線を操る武徹太郎、ベースの織田洋介、オリジナル打楽器である遊鼓(ゆうこ)担当のハブヒロシに話を聞いた。


『遊びましょう』のツアーで遊んだ結果、こうなった


──前作『遊びましょう』がリリースされたのが2015年9月で、それから約1年での新作リリースというのは結構ペースが早いですよね。

武徹太郎(六線/以下、武):僕らとしても早いと思うんですよ。でも、「出してくれ」というリクエストがあって(笑)。

──誰から?

武 : レーベルから(笑)。自分らとしても無茶だと思うところもあるんですけど、僕自身はつねになにかを作り続けていたいほうだし、出し尽くして死にたいと思ってるぐらいなんで、このペースで作れるのは本望ですね。

──でも、たった1年しか経ってないのに、前作『遊びましょう』と今回の『あみこねあほい』はだいぶサウンドが違う感じがするんですよ。特に大きいのが、大幅にラップが導入されてることで。

武 : 『遊びましょう』のツアーでだいぶ変わったんですよ。毎晩の打ち上げで皿を叩きながら即興で歌っていたら、いつのまにかこうなってました(笑)。


ハブヒロシ(遊鼓/以下、ハブ) : 『遊びましょう』のツアーで遊んだ結果、こうなったという(笑)。

武 : あと、その期間中にいろんな国に行く機会があって、数カ国の人たちが入り混じるような打ち上げも多かったんですね。韓国での打ち上げでは最初、民謡の歌い合いをやってたんですよ。向こうの民謡の節に合わせて日本語で歌ったりしてて。

ハブ : 韓国勢ってすごいんですよ。歌もうまいし、みんないろんな芸能のヴァリエーションを持ってる。

武 : 最初はわらべうたも歌ってみたんですよ。あとはデタラメのパンソリとか。韓国では毎晩そういう打ち上げがあって、そのたびに韓国の友人たちと歌で戦わなきゃいけないわけですよ(笑)。

ハブ ; 日本の芸能者としてなにかできないかと考えるようになったというか。

──そこで浮かび上がってきたのがラップだったわけですか。

武 : そうそう。お前らにはできないラップで勝負してやる! っていう(笑)。


ラップは遊びながら新しいものを作っていける


──そこで日本の伝統芸能を極めていくっていう道もあったわけじゃないですか。日本の語りもので勝負してやる! とはいかなかった。

武 : もちろん日本の伝統芸能には敬意を持ってるし、学んでいきたいとも思ってるけど、習得するのに時間がかかりますからね。打ち上げの場ではまず即興的に勝負しなきゃいけないので。

ハブ : 試しにあっちの伝統のリズムでラップをしたら、みんなすごく驚いたんですよ。そんなのできない!って。ラップはそうやってどんなリズムにも乗せて遊ぶことができるけど、日本の語り芸だとそういうことが僕らには即興的にできなかった。

武 : 遊びながら新しいものを作っていけるんですよね、ラップは。インドネシアに行ってもそのことは実感しましたね。

──韓国なりインドネシアなり、他の民族の人たちと音で「遊ぶ」ときにラップという方法論が適していた、と。

武 : うん、そういうところはありますね。

──そもそもラップはもともと好きだったんですか?

武 : 好きでしたよ。ケンドリック・ラマーとか今のヒップホップも大好きだし。最近はSIMI LABとか日本のヒップホップも聴くようになって。韓国やアフリカの民族音楽に見られるリズムのヨレだとかモタリをポップ・ミュージックに感じることってあんまりないんですけど、ヒップホップを聴いていると、十代のビートメイカーがそういうものをフツーに作っていたりするんですよね。

──無意識のうちに。

武 : そうそう。あと、フリースタイルのMCってそもそも即興じゃないですか。民謡ももともとは即興の音楽で、そのとき思っていることを伝え合う文化だったわけですけど、現代では決まった節を競い合う名人芸の世界になってしまった。だから、ヒップホップと民謡って出てくる音は違うけど、本質的な構造は一緒だと思うんですよ。僕は民謡が本来持っていた即興性の部分が一番好きなんですけど、今それを残している音楽がヒップホップなんだと思う。

──現在活動してるラッパーで自分と近いと思う人っています? ......まさかこんな質問を武くんにすることになるとは思わなかったけど(笑)。

武 : いやー、横からグイッと入ってきた新参者の私が、それ一筋でやってきたラッパーの方々になにか言うというのはあまりにおこがましいですよ(笑)。ただ、SIMI LABと鎮座ドープネス、stillichimiyaは好きですね。KOHHも格好いいと思う。今のヒップホップってこんなことになってるんだ! と思ったのは、チーフ・キーフの"I Don't Like"。すべてのヴァースのキメでひたすら「Don't Like」と繰り返されていて、(岐阜県岐阜県郡上市白鳥町の盆踊りである)白鳥おどりの"シッチョイ"と同じだと思いました。

ハブ : ちょっと呪術みたいな感じだよね。ヴードゥー教みたい。

武 : そうそう、これってラップなの?っていう。

ハブ : 「いつ死ぬかわ~からない」とかね(Dutch MontanaとSALUをフィーチャーしたKOHHの"If I Die Tonight")。

武 : フリースタイル・ダンジョンも大好きなんですよ(笑)。あと、高校生RAP選手権!


宴会を繰り返した結果、ラップという手法がすごくフィットした


──ただ、馬喰町バンドの場合は丸腰の状態でラップをやり始めたわけじゃなくて、わらべうたなどの遊び歌を経由したうえでラップに到達してますよね。そこがものすごく特殊だと思う。

織田洋介(ベース/以下、織田) : 確かに言葉遊びの経験は大きいですね。

武 : (岐阜県郡上市八幡町の盆踊り)郡上おどりの"げんげんばらばら"なんてものすごくラップ的だと思うし、フックで歌がくるヒップホップのトラックって構造的には浪曲にも近いですよね。そういうものを通過したうえでのヒップホップという感覚はありますね、確かに。だからこそ宴会を繰り返した結果、自分たちのなかでラップという手法がすごくフィットするようになっていったんだろうし、気付いたらふだん聴く音楽もヒップホップばっかりになってたんですよ。

──そういう変化を経て、新作『あみこねあほい』でもラップを採り入れようということになったわけですけど、変化という意味では、楽器もだいぶ変わりましたよね。自作楽器である六線は以前からも使用してましたけど、今回はさらにそれを電化したエレキ六線も導入されていて。

武 : 今回は1曲もギターを使ってなくて、全部自作の楽器だけです。『遊びましょう』はあくまでもハーモニーとコードで作られた和声的な音楽だったんですけど、リズム的な平均律からはそれ以前から脱却していたし、旋律の面でも次の段階に行きたいと思っていて。六線はギターのようにフレットがないぶん、めちゃくちゃ演奏が難しいんです。コードなんて絶対弾けない。だから、コーダル(和声的)に展開する曲ができなくなってきたということはありますね。


織田 : 六線はギターみたいに1本だけで完結するような楽器じゃないんで、ベースや太鼓があってはじめて曲が成立するような感じになってきたんですね。ベース自体のやることが変わったわけじゃないけど、アンサンブルのなかでのベースの位置が変わってきたというか。

──自作の六線をエレキ化した理由はなんだったんですか。

武 : あるときに突然「アコースティック、違うな」と思ったんですよ。やっぱり大きかったのが韓国で伝統芸能の演奏家と出会ったことで、そこに自分の生きる道はないと思うようになっちゃって。

──伝統芸能の演奏家と出会うことで、逆に自分がやるべきことが見えてきた?

武 : そうですね。六線も最初アコースティックで作ったんですけど、もっとエグイ音を鳴らしたくなったというか。

織田 : 武さんはもともとベーシストでもあって、アンプで特徴的な音造りをしてたんですね。だから、僕からすると、エレキに戻ってきてるという感覚はありますね。


和声的なフォームだとアップデートし続けられないんじゃないかと


──そういえば、ハブくんのオリジナル打楽器である遊鼓も改良してるんですよね。

ハブ : 遊鼓は自分が歩きながら叩けるように改良してきたんですけど、あまりに大きすぎて、今年の3月にインドに行ったときに持っていけなかったんですよ。インドにはアウトカーストの人たちが叩くパライっていう太鼓があるんですけど、それがまた(朝鮮半島の代表的な打楽器である)チャングのルーツとなるような薄い太鼓で、それを叩きながらジャンプしたり回る芸能もあるんですね。そのパライを参考にして、遊鼓ももっと薄くしたんです。

──前の遊鼓は両面太鼓でしたけど、今のものは片面太鼓ですよね。パライも片面なんですか?

ハブ : そう、パライも片面ですね。最初は両面で叩いてたんですけど、途中から片面にしました。叩き方そのものが違うからすごく大変なんですよ。最近はさらに叩き方もマイナーチェンジしたんで、今日のライヴもヒヤヒヤで(笑)。

──音自体もだいぶ違いますよね。

ハブ : 前の遊鼓の音は気に入っていたんで、そこは悩んだんですよ。まるでダンボールを叩いてるような抜けない音で。いまの遊鼓って抜けが良すぎるので、そこはちょっと改良していかなきゃと思ってます。


──その結果、全体的な音像として混沌としていて、「優しくてオーガニックなアコースティック・アンサンブル」という今までの馬喰町バンドのイメージとはだいぶ変わってきましたよね。もっとドロッとしていて混沌としているというか。

武 : 『遊びましょう』の路線を洗練させていくという方向性もあったと思うんですよ。でも、その路線だと今後アルバムを作り続けていけない気がしたんですね。和声的なフォームだとアップデートし続けられないんじゃないかと思って。


僕はわらべうたのようなラップをやりたいんですよ


──今回の8曲はすべて『遊びましょう』以降に作った曲なんですか。

武 : そうですね。ただ、歌詞はギリギリまで悩みましたね。もともと歌詞に手こずるほうだけど、ラップって普通の歌の5倍ぐらい歌詞を書かないと成立しないんですよ。だから、本当に書いても書いても終わらなくて(笑)。1MCでアルバム一枚を作るラッパーって凄いと思いますよ。

──フリースタイルでラップするのと、ひとつの楽曲としてリリックを書くというのは、同じラップでも全然違いますよね。

武 : 全然違いました。フリースタイルはそのときのテンションで盛り上げられるけど、それをそのまま曲にしても面白いとは限らない。あと、ラッパーって自分のなかに言いたいことがあってラップという手法を選んでる人が多いと思うんですけど、俺はどちらかというと対局というか。

──メッセージありき、ではない?

武 : わらべうたみたいな言葉遊びや語感の部分が好きなんですよね、僕は。もちろん、メッセージと共存させることができれば一番ですけど、僕はわらべうたのようなラップをやりたいんですよ。

──いまの馬喰町バンドの方向性だと、音で一緒に遊ぶ相手も無限ですよね。それこそ韓国や日本の伝統芸能の人ともできるし、ラッパーともできる。それこそ武くんも好きだという鎮座ドープネスあたりだったらすぐにセッションが成立しそう(笑)。

武 : やれたらいいですね。stillichimiyaもちょっとわらべうたっぽい曲があるし、すごくおもしろいですよね。

──だからこそ、今後の馬喰町バンドはどこに向かっていくかわからない感じがあるし、『あみこねあほい』を聴いているとワクワクしてくるんですよ。今後の馬喰町バンドはどこに向かっていくんでしょう?

武 : もしかしたら少しドロッとしていくかもしれないですね。あと、もっと民族楽器を取り入れたいとも思っていて。最近のライヴでは尺八も入れているんですけど、僕らがこういうワンループの演奏になっていくと、その上に尺八が入るだけでちょっとジュラシック5みたいな感じが出てくる(笑)。銅鑼を使ってもいいかなというのもあるし、やりたいことは色々ありますね。

April 5, 2017 - interview by 大石始 

2016.11.9 CINRA掲載記事

「ヒップホップと日本民謡は近しい文化」馬喰町バンド×稲葉まり

「ゼロから始める民俗音楽」をコンセプトに、オリジナルの楽器を作り、今を生きる日本人としての民俗音楽を奏でる3人組・馬喰町バンド。新作『あみこねあほい』では全面的にラップが取り入れられていて、「なぜ馬喰町バンドが黒人音楽であるヒップホップを?」と不思議に思う人もいるはず。
しかし、以下のインタビューを読んでもらえればわかる通り、これは彼らなりの研究成果で、あくまで日本の民俗音楽と地続きの発想であり、生活の中から自然と生まれたスタイルなのである。
『あみねこあほい』の1曲目を飾る"ホメオパシー"のミュージックビデオを手掛けたのは、馬喰町バンドの武徹太郎とは多摩美術大学の同窓生であるアニメーション作家の稲葉まり。
緻密な切り絵のコマ撮りを用い、メンバー三人を異世界へと誘っている。
そんなビデオ制作の裏話から、「手を動かすことの意味」というもの作りの根幹にまで迫った二人の対談は、武のイラストが並べられ、さながらギャラリーのような雰囲気の中で行われた。

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民謡を調べていくとどんどんヒップホップに近づいていった(武)

―まずは稲葉さんから見た馬喰町バンドの魅力を話していただけますか?

稲葉:私は小さい頃から欧米のカルチャーの影響を受けて生きていたんですね
ただ、大学4年生のときに「生意気」というクリエイティブユニットでアシスタントとして働き始めて、メンバーであるニュージーランド人のデイヴィッド(・デュバル=スミス)さん、イギリス人のマイケル(・フランク)さんと触れ合う中で、「あれ? 私はなにを目指していたのだろう?」と思ったんです。自分がずっと住んでいるこの国のことを掴みきれていない気がして
彼らは海外の視点で、これまで私が気に留めたこともないような日本の風景や日常から面白いと思うものを見つけて、ユーモア溢れるもの作りをしていたんです

―欧米の方と接することで、逆に自分の国に興味が湧いたと

稲葉:そこから日本独自の面白い文化に興味を持ち始めて、「もっといろんなことが知りたい」と思っていたときに、馬喰町バンドの楽曲と出会ったんです
初めて聴いたときから、「すごい!」と思って
特に、前作の『遊びましょう』に入っていた"源助さん"は衝撃でした


―馬喰町バンドには「ゼロから始める民俗音楽」というコンセプトがありますが、まさに稲葉さんがゼロから日本を見つめ直したタイミングに、ドンピシャだったわけですね

稲葉:そうなんです
世の中に「~っぽい」というものが溢れている中で、伝統文化には何世代も層になって積み上げられてきたからこそ生まれたものの力強さがあると思うんですよね
しかも馬喰町バンドは、それをただなぞるだけではなくて、ちゃんと掘り起こして作っている
武さんは学生の頃からエネルギッシュな存在で、当時からタダものではない雰囲気があったんですけど(笑)、その人が層になってるものとコンタクトしたときに生まれたものがこれなんだと思うと、すごく面白いですよね


武:まりちゃんは大学卒業後、すぐにクリエイティブの第一線で活躍していたけど、一時期ものすごく西洋美術一辺倒のものさしに違和感を感じていたときがあったよね?(笑)

稲葉:よく覚えてるね(笑)
イタリア旅行に行って、美大受験のためにデッサンした石膏像の本物の彫刻をいっぱい見たときに、「なんでこんなに遠い場所にある本物からかたどった石膏像を、受験のためにデッサンしていたんだろう?」と思って。私が通っていたのは「美術大学」ではなくて、「西洋美術大学」だったんだ! って思っちゃったんです(笑)
最初は特に意識せず西洋に惹かれていたけど、日本を見つめ直すことで、いろいろなものの見方ができるようになった気がします


―新作『あみこねあほい』は、前作の作風から一転、ラップをフィーチャーした楽曲が多く収録されていて驚きました

稲葉:私は馬喰町バンドを聴いたとき、他のロックバンドとかが西洋のカルチャーの音楽をやってるのに対して、「こういうのが聴きたかった!」って思ったんです
だから、「新作はラップなんだよね」と言われて、最初は「どうして?」って戸惑いました


―日本の民俗音楽とラップって、すぐには結び付かないですよね

武:僕らの中ではすごく結びついているんです
民謡って、突き詰めると即興の音楽なんですよ
大正時代には演歌師という人がいて、当時流行ってた民謡の替え歌で政治的な思想を歌っていたんですけど、言ってみれば、それってヒップホップの人たちが有名な曲からサンプリングして、その上でラップするのと一緒じゃないですか?
他にも江戸には「都々逸(どどいつ)」という歌遊びがあって、それは三味線とかの伴奏に乗って、七五調でそのときの想いを歌って、しゃれたことを言うと盛り上がるみたいな、そういう世界だったんです


―まさにヒップホップのフリースタイルみたいなものですね

武:そうなんです
ヒップホップ自体は昔から大好きだったんですけど、アフロアメリカンの人たちが作り上げた黒人の音楽を俺がやるのもなって思っていたんですね
でも、民謡を調べていくとどんどんヒップホップに近づいていって
「クドキ」という同じフレーズのループで7~8分続ける民謡もあるんですけど、それもほとんど即興なんです
俺たち、いつもツアーに行くと打ち上げで回し歌いをしていたんですけど、ベロベロになると息が続かなくなって、ラップになるということにも気づいたんですよね

―面白いですねえ

武:最初はあくまで宴会芸みたいなものだと思っていたんですけど、民俗音楽が持っている微分音やポリリズムの要素が、海外だけではなくて、最近は日本のトラックメイカーの作るトラックにもすごく入っているんですよ
たとえば、OMSBのトラックなんかを聴くと、西洋的な平均律ではない音がガンガン入っているし、メトロノーム的ではなくて、アジア的な揺らぎで聴かせるビートの感じも入っている。民俗音楽の芯を射抜いてるんですよ
ラップは打ち上げの場とかで自然とやっていたわけだし、だったら、こういう音楽をやった方が自分たちは自由に呼吸できて、息苦しくならないのではないかなって

まったくラップっぽくない映像にした方が、馬喰町バンドならではの感じになるんじゃないかって(稲葉)

―では、"ホメオパシー"のミュージックビデオについて聞かせてください
稲葉さんはこの曲を聴いてなにを感じて、どのようにイメージを広げていったのでしょうか?

稲葉:ラップだし、メロディーも繰り返しだから、正直「難しい!」と思いました
ただ、武さんは音楽だけではなく絵も描く人なので、曲の世界観とシンクロしている絵を素材として使おうと
でも、これまで描きためた絵だけだと取ってつけた感じになっちゃうから、私が描いた絵も加えて、それをコマ撮りしている部分と、デジタルで動かしている部分が合わさった形になっています

武:切り絵はユーリ・ノルシュテイン(1941年生まれ、切り絵を用いるアニメーション映画などで知られる映像作家)からの影響?

稲葉:ユーリ・ノルシュテインのアニメーションは学生のときから好きで、一回ワークショップに参加したこともあるんですけど、ユーリさんはセルのシートに絵の具で描いたものを使っていて、私それを紙だと勘違いして、それが今の自分のやり方になっているんです

―武さんからなにかリクエストはあったんですか?

武:まりちゃんが「生意気」時代にアニメを担当したYUKIのミュージックビデオ("66db")で、実写に手書きで描いた線画が星みたいに降り積もるのを見ていたから、ああいうのもいいね、というのは言いました
5分くらいの曲を全部アニメーションでやるのは大変だから、アニメと実写を組み合わせてやろうってなったんじゃなかったっけ?

稲葉:実写を撮るシチュエーションとして、たとえばビルの屋上とか、日本家屋とか、いくつか候補が挙がったんですけど、「なんかありがちだね」って話をしたよね
まったくラップっぽくない映像にした方が、馬喰町バンドならではの感じになるんじゃないかって

武:ヒップホップって、グラフィティーやダンスも含んでいて、総合芸術の側面を持っていますよね。その意味でも民俗音楽に近いとも言えるけど、とはいえヒップホップに寄せたミュージックビデオにするよりも、アニメーションの方がいいねって話はしたかな
でもさ、象、亀、虎、鯉とか、出てくるのは花鳥風月的というか、アジアな感じだけど、描写とか色使いは美大で培った西洋の技術を使ってるよね?

稲葉:ああ、そうかもしれない

武:無意識に一番気持ちいいやり方を選んだときに、やっぱり西洋的なものも出てくるんだなっていうのは僕もすごく感じていて
まりちゃんが一時期西洋美術一辺倒に疑問を唱えていたみたいに(笑)、俺も「西洋なんかダメで、アジアがいい」と思った時期があるの。なにかに感化されると、一回極端に振り切れることってあるじゃない?
でも、やっぱり西洋文化にも影響を受けているわけで、それって自然と出てくるんだよね

稲葉:作家でもミュージシャンでも、その差を意識しないというスタンスの人もいる気がする。「あくまで自分自身がフィルター」みたいな

武:あ、今の俺はそういう感じ

稲葉:私は最初まったく無意識だったのが、途中から意識するようになって、でも別に以前までのものを完全否定するのも違うし、これからどう混ざって自分の作風が変化するのだろうと思ったりもする

―このミュージックビデオがモチーフは東洋で色使いが西洋であるということが、武さんにもすごくしっくり来たということですね

武:そう、やっぱり自分が培ってきたものをそのまま出してるのがいいと思う

ギターでなんでもできると思っていたから、ギターが民俗音楽と合わなかったことが、結構ショックだったんですよね(武)

―武さんはギターと三味線を融合させたオリジナルの楽器「六線」を使っていて、今回はそのエレキバージョンの「エレキ六線」を使っているそうですが、これもまさに西洋と東洋の融合ですよね
「六線」はもともとどうやって作られたのですか?

武:ギターで民俗音楽をやろうと模索していたときに、沖縄民謡の歌手の方とご一緒したら、全然音が合わなかったんです
当時まだ20歳で、ギターでなんでもできると思っていたし、沖縄民謡はポップスの中にもたくさん入っている音楽だから、それが結構ショックだったんですよね
で、僕のおばあちゃんが長唄をやっていて、家に三味線があったから、それを使ってみるとちゃんと微分音とかも追えたんです
ただ、三味線を自分の楽器にするというイメージが湧かないから、ずっと悶々としていて
そんなときに、とある楽器の成り立ちの本を読んだんですよ

―なにが書いてあったのでしょう?

武:三味線って、もともと中国から三弦という楽器が琉球に渡ってきて、それがたまたま江戸に伝わって三味線になって、浄瑠璃とか民謡に使われるようになったんです
もしそれが三弦じゃなくて、バイオリンやリュートだったとしても、江戸時代の人はクリエイティブだから、そこから自分たちの楽器を作ったはずなんですよ
つまり、「日本の音楽は三味線じゃないといけない」ということではなく、たまたま三弦が日本に入ってきて、そこから自分たちの音を出そうと工夫して生み出したのが、美しい三味線だったというだけ
なので、僕は三弦じゃなくリュートが入ってきていたら、きっとこんな楽器を作ったんじゃないかと思って、この六線を作ったんです

絵は世界を理解するツールだという考え方が、自分の中では一番しっくりくるんです(武)

―武さんは一時期木工の仕事をやられていて、そのときに培った技術がオリジナルの楽器作りにも生きているそうですね

武:大学を卒業して、絵を描いたりデザインをしたりしながら音楽をやっていたんですけど、本には「民俗音楽は生活の中から生まれる」って書いてあって、僕もそう思ってたのに、自分が民俗音楽とつながってる感じが全然しなかった時期があったんです
それと同じように、絵はもの作りの原点であるはずなのに、仕事で絵やデザインをやっていても、「作ってる」という感じがしなかった。そんなときに木工の作家さんに声をかけていただいて、「これをやったらなにかわかるんじゃないか?」って、結構すがるような思いで始めたんです

―それが今は楽器作りにつながって、つまりはちゃんと民俗音楽にも接続できたと

武:自分が欲しい音はどんな立体物で出るのかというのを、手を動かして描くことでイメージできるようになっていったんです。バリとかに行くと、子どもが小刀一本で器用にオモチャを作っていて、飛行機に迫るくらいの高さまで上がる凧とかを作ってるんですよ
それって「手を動かす」ということが、ちゃんと生活の一部になってるからできると思うんです

―「手を動かすことの重要性」というのは、もの作りの根本に迫る話だと思います

稲葉:「線を引くことで音がイメージできる」って、すごく面白いですよね

武:前に共感覚を持っている少年と会ったことがあって、彼は音が色で見えたり、数字も色分けされて見えたり、あと丸と四角があって、どっちの外周が長いかを計らなくても頭の中で直線にして比べられるって言ってたんだけど、それは俺もやってるなと思って
やっぱり、絵は世界を理解するツールだという考え方が、自分の中では一番しっくりくるんです
音を理解するのも、数式とか言葉より、色とか面とか線で理解する方がしっくりくる
そういうことを、その子と話しながら思いました

―稲葉さんは手を動かすことでなにか別のことを理解するような感覚ってありますか?

稲葉:そうですね......作業してるときは瞑想みたいな感覚というか、集中して没頭していくことで、満たされる気持ちになることはありますね。他にはない充実感を感じられるというか

武:まりちゃんにとっても、きっと手を動かすことは重要だよね
だって、わざわざ手書きじゃなくても、一つひとつの絵を作ろうと思えばパソコンとかで作れるわけじゃん?
俺は音楽にしても半分は耳と体で聴いてるけど、半分は手で聴いてるみたいなところがあるし、なにかを考えてるときも、半分は脳と言葉で考えるけど、半分は手で考えてると思う
その割合が、脳と手が5:5だったのが、0:10になったときは、なんの不安も恐れもなくなってるときなんだよね

稲葉:確かに、そうかも
あと私がなんで切り絵にこだわるのかというのは、普通の絵は形を決めて完成だけど、切り絵だと置き方のバランスによって偶然できる形があって、私にはそれが面白い
自分で描いてるんだけど、切って組み合わせることで、偶然生まれた形で驚きたいのかもしれない

「こうしなきゃいけない」という方ではなく、あくまで自分が惹かれる方向に進むのがいいと思います(稲葉)

武:まりちゃんってホント珍しいタイプで、学生のときからやりたいと言っていたことを、今もやり続けてるって、すごいことだよね
別に、途中でやりたいことが変わるのも悪いことではないけど、同じことをやり続けるのは珍しいと思う

―このインタビューは「自分ももの作りに関わりたい」と思う人が多く読んでくれるのではないかと思います
最後に、そんな人たちへのアドバイスをいただけますか?

稲葉:やっぱり、自分の欲してるものを聞く耳が大事だと思います
いろんな人に相談することもアリだけど、きっと答えは自分の中にしかないから
「こうしなきゃいけない」という方に進んでも、絶対行き詰る気がするので、アンテナは張りつつも、あくまで自分が惹かれる方向に進むのがいいと思う
さっきの武さんの話にしても、木工の話をもらって、それに惹かれたからこそ、その後の楽器作りにつながったわけじゃないですか?
今って杓子定規に「正解はこれ」って計れちゃう時代だと思うけど、そういうのに惑わされないことが大事だと思います

―武さんはいかがですか?

武:さっき「途中でやりたいことが変わるのも悪いことではない」って言いましたけど、それがなにであれ、作り続けることだけが大事だと思います
僕は今人生の半分くらいを生きたとして、残りの半分でどれだけ作れるかを逆算して生きていて、とにかく死ぬまで作りたいと思っているんです
先のことを不安に思う必要はないから、とにかく作りまくって欲しい
作ることは絶対にやめない方がいいと思います

稲葉まり(いなば まり)
2002年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。クリエイティブユニット生意気に勤務し、印刷物(CDジャケット、ポスター、装丁など)、ミュージックビデオ、ライブ映像制作、企画展に関わる。2006年より独立。切り絵を用いたイラストレーション、グラフィックデザイン、コマ撮りアニメーション制作、ディレクションを行っている。2010年新作アニメーション作品を含むDVDシリーズ『VISIONARY』発売。

April 5, 2017 - interview by
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